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DXとマーケティングその27:デジタルサービスの開発と社内外データ

分析屋の下滝です。

DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングの関係を考えてくシリーズの27回目です。

今回は、DX書籍の一つである『デザインドフォー・デジタル』の続きを行いたいと思います。

具体的には、DX領域における「デジタルサービス開発」の位置づけと、マーケティング領域における「マーケティング情報システム」との位置づけとの関係を見ていきます。

これまでと今回の記事の流れは以下の図となります。

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これまでの記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
第6回はこちら。「リバースオークション」のビジネスモデルを分析しました。
第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。
第9回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍におけるマーケティング定義を確認しました。
第10回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍で紹介させている「戦略的コンセプト」をDXの視点から関係性を見ました。
第11回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのマネジメントプロセスの関係性を見ました。
第12回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのプランニングプロセスの関係性を見ました。

DXと経営篇
第14回はこちら。DXと経営との関係付けの準備を行いました。
第15回はこちら。DXと事業の定義がどのように関係するのかをみました。
第16回はこちら。DXと「われわれの事業は何になるか」と「われわれの事業は何であるべきか」がどのように関係するのかをみました。
第17回はこちら。DXの背景を整理しました。
第18回はこちら。DXの背景と「顧客は誰か」との関係を整理しました。
第19回はこちら。DXの背景と「顧客はどこにいるか」との関係を整理しました。
第20回はこちら。DXの背景と「顧客は何を買うのか」との関係を整理しました。

デザインドフォー・デジタル篇
第13回はこちら。『デザインドフォー・デジタル』というDXの書籍をもとにDXとマーケティングの関係をみました。
第21回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングの関係を指摘しました。
第22回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでの新製品開発との関係を整理しました。
第23回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのカスタマーインサイトとの関係を整理しました。
第24回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのカスタマーインサイトチームとの関係を整理しました。
第25回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのマーケティング情報システムとの関係を整理しました。
第26回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのマーケティング情報システムでの情報ニーズの評価との関係を整理しました。

おさらい:デザインドフォー・デジタルでのDX

以下の図は、『デザインドフォー・デジタル』でのDXの概念を整理したものです。青色がDXでの概念、赤色がマーケティングでの概念です。

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デジタル対応化:デジタル対応化ができる企業になれば、イノベーティブなデジタルサービスを開発できる組織能力を備えるようになり、そのデジタルサービスは、より高度なバリュープロポジション(顧客への価値提案)を実現できるものだとされます。

バリュープロポジション:バリュープロポジションは、顧客のニーズに対しその企業のみが提案できるような価値を指します。

DXと組織能力:DXは、デジタル対応化に向けての取り組みとされます。この取り組みは、ビルディングブロックと呼ばれる組織能力を構築することから構成されます。ビルディングブロックには5つあり(図の左上)、各ビルディングブロックは、「人材」、「プロセス」、「技術」の変化をもたらすものとされます。
・人材:役割、説明責任、構造、スキル
・プロセス:ワークフロー、手順、手続き
・技術:インフラストラクチャ、アプリケーション

今回の記事では、ビルディングブロックの一つである、「シェアード・カスタマーインサイト」を扱います。

「シェアード・カスタマーインサイト」は、デジタルサービス開発におけるプロセスのあり方を扱うようなものです。付随してデジタル技術や顧客に関する理解、理解の蓄積と共有といった行いやそれらを行うための体制の構築も関わります。


おさらい:シェアードカスタマーインサイトの構成要素

以下の図に、シェアード・カスタマーインサイトの構成要素を示します。

dfd_シェアード

『デザインドフォー・デジタル』でのニュアンスを拾いきれているわけではありませんが、整理してみたものになります。

本文でどのように書かれているのかは、過去の記事を参照してください。

基本的には、顧客のニーズに応えられるデジタルサービスをいかに開発していくか、ということになりそうです。

以下で、特徴を整理します。

開発プロセス:デジタルサービスの開発は、実験的に何度も行いながら、「デジタル技術が可能にするソリューション」と「顧客ニーズ」が重なり合う部分を見つけるというアプローチを取ります。

dfd_デジタルサービス

デジタル技術としては、ソーシャルネットワーク、モバイル、アナリティクス、クラウド、IoTや、他にも、生体認証、ロボット工学、人工知能、ブロックチェーン、3D印刷、エッジコンピューティングが例として述べられています。

デジタル技術には、3つの能力があるとされます。ユビキタスデータ、無限の接続性、膨大な処理能力です。

顧客の理解、顧客の参加、サービスのアイデア創出:実験では、カスタマージャーニーマップといった顧客を理解するための手法や、外部パートナーや顧客自体の参加、アイデアを募るための仕組みといったのが使われます。

ビジョン:実験においては、ビジョンを定義しておくことは、どのような実験を新たに実施するのか、実験結果の評価基準をどうするのか、という疑問に答える上で役に立ちます。ビジョンは例えば「スマート・エネルギーマネジメント・ソリューションを提供する」や「低コストでヘルスケアの成功を高める」といったものです。

業務プロセス:実験の際に、顧客の理解やデジタル技術の学びが得られます。この学びを蓄積し、社内で共有する必要があります。共有が必要なのは、同じような実験が行われないようにするためです。

組織体制:組織体制としても新しい試みが必要となります。
・IT部門やマーケティング部門等が、製品開発の初期から参加するといった機能横断型のチーム
・実験からの学びを社内に共有・拡散することを目的とした部門

おさらい

この連載は、DXとマーケティングの関係を考えていくものです。関係の捉え方として、ここ数回の記事では、マーケティング領域での概念と、シェアード・カスタマーインサイトでの概念がどのように重なるのかを調べてきました。

領域重なり

マーケティング領域での概念とは、例えば、「カスタマーインサイト」や「マーケティングリサーチ」といったもののことです。

上記の図で示すように、大きく、2つの可能性があります。
1.マーケティング領域での概念に、シェアード・カスタマーインサイトの概念がすべて含まれる可能性
2.マーケティング領域での概念に、シェアード・カスタマーインサイトの概念が部分的に含まれる可能性

また、以下の可能性も考えられますが、恐らくありません。
3.互いに関係が全くない可能性。これは、これまでの記事の結論からするとありません。
4.シェアード・カスタマーインサイトにマーケティング領域の概念が含まれる可能性。シェアード・カスタマーインサイト自体が、マーケティング領域より広い概念を扱うとは見なせないと思われます。

この可能性1と2を分析するために、これまでの記事では、具体的には、次のような流れをもとに議論してきました。
1.まず、マーケティングにおける「新製品開発プロセス」と「マーケティング・リサーチ」との関係性があるのではないかと指摘しました。
2.次に、「新製品開発プロセス」との関係性を議論しました。
3.次に、マーケティング領域での「カスタマーインサイト」との関係性を議論しました。
4.次に、マーケティング領域での「カスタマーインサイトチーム」との関係性を議論しました。
5.次に、マーケティング領域での「マーケティング情報システム」との関係性を議論しました。

マーケティング領域

以下では、2~5で具体的に議論した流れを振り返ります。これら2~5は、参考にしている『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』の書籍の5章と8章に対応します。
・5章:マーケティング情報とカスタマー・インサイト
・8章:新製品開発と製品ライフサイクル戦略

コトラー

では、このようにマーケティング領域とDX領域の関係を分析することで何が得られるのでしょうか。
・体系的な取り組み:マーケティング領域自体は、歴史があり、上記の書籍のように一定の体系化がされています。もちろん、環境の変化に応じて、これまでの知見は適切でなくなったり、新たな知見が組み込まれることはあります。
 では、この体系化された領域に対し、比較的新しいDXは、どのような影響を与えるのでしょうか。何らかの関係があるなら、その関係は、整合性や一貫性が取れていることが望ましいと思われます。そうでなければ、それぞれの部署や従業員の活動において衝突や矛盾が発生し、十分に成果が出せなくなるかもしれません。

これまでの分析のふりかえり

では、以下の順でこれまでの分析をふりかえります。

・新製品開発プロセス
・カスタマーインサイト
・カスタマーインサイトチーム
・マーケティング情報システム

新製品開発プロセス:新製品開発プロセスでの整理は以下の図となります。DX領域での「デジタルサービス開発」は、マーケティング領域での「新製品開発」の一種として分類しました。

dfd_新製品特徴

マーケティング領域においては、新製品開発で言及されている特徴として、以下の2つがあります。
・顧客中心の姿勢:開発プロセスに置いて顧客を巻き込むこと
・チーム型の製品開発:開発プロセスの最初から最後まで様々な部門の関係者が関与すること

これら2つは、シェアード・カスタマーインサイトでも言及されている特徴と同様のものであると考えられます。

他にもシェアード・カスタマーインサイトでは、デジタルサービス開発のプロセスにおける以下の4つの特徴が言及されています。
1.ビジョンを設定すること
2.顧客のニーズを満たせるようなサービスを見つけるために実験的に開発を繰り返すプロセスであること
3.開発プロセスにおいて、デジタル技術と顧客に関して学習したことの蓄積・共有を行うこと
4.学習内容の蓄積と共有に責任を持つ組織体制を作ること

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これらの特徴は、マーケティング領域では言及されていませんでしたが、新製品開発プロセスの枠組み内に位置づけたとしても、問題はないと思われます。また、これらの特徴は、デジタルサービス開発に特有の特徴である可能性があります。

カスタマーインサイト:新製品開発プロセスの枠組みでは、上記の4つの特徴は言及されていませんでしたが、マーケティング領域おける他の概念の説明時に言及されているかもしれません。そこで、次に、マーケティング領域における「カスタマーインサイト」について調べました。カスタマーインサイトは「顧客に関しての深い洞察」と意味されます。

DX領域における「シェアード・カスタマーインサイト」は、その名の通り、カスタマーインサイトに関するものです。シェアード・カスタマーインサイトにおけるカスタマーインサイトの定義は見つけられませんでしたが、「顧客に関しての深い洞察」と大きくは変わらないと思われます。

マーケティング領域でのカスタマーインサイトの概念を調べた結果としては、マーケティング領域におけるカスタマーインサイトの概念は、シェアード・カスタマーインサイトでの議論の枠よりも広いものと言えそうです。以下の2つの観点から、違いがありそうです。
1.カスタマーインサイトの位置づけ:カスタマーインサイトは、他の概念とどのように関係するのか、という観点。
2.カスタマーインサイトの使われ方:得られたカスタマーインサイトはどのプロセスで使われるのか、という観点。

1つ目を以下の図で示しています。マーケティング領域においては、「マーケティング情報」という概念があり、カスタマーインサイトは、その情報から抽出されるものと位置づけられています。シェアード・カスタマーインサイトでは、マーケティング情報という概念は出てきません。

カスタマーインサイト2

また、上記の図では、「マーケティング情報」を得る手段の一つとして、「マーケティングリサーチ」を位置づけています。

2つ目は、カスタマーインサイトの使われ方に関するものです。以下の図で示すように、マーケティング領域おいてはカスタマーインサイトの使われ方は、新製品開発に限りません。広告キャンペーンといった他のプロセスにも使われます。シェアード・カスタマーインサイトが想定してる範囲では、広告キャンペーンは言及されていません。

カスタマーインサイトプロセス2

まとめると以下となります。
1.カスタマーインサイトの位置づけ:マーケティング領域におけるカスタマーインサイトは、マーケティング情報との関係が明確化されている。
2.カスタマーインサイトの使われ方:マーケティング領域のおけるカスタマーインサイトは、新製品開発だけでなく他のプロセスでも使われる。

マーケティング領域におけるカスタマーインサイトの概念の分析は、ここまでとなります。最後に、シェアード・カスタマーインサイトでの4つの特徴に対応するような概念は、存在しませんでした。

カスタマーインサイトチーム:続いて、マーケティング領域では、カスタマーインサイトチームと呼ばれるような組織体制が紹介されています。カスタマーインサイトチームは、以下の図に示すように、様々な方法でマーケティング情報を収集し、カスタマーインサイトを抽出する役割を持ちます。

カスタマーインサイトチーム_デジタルサービス開発

カスタマーインサイトチームは、シェアードカスタマーインサイトにおける以下の特徴に近い役割を持つと言えます。
・開発プロセスにおいて、デジタル技術と顧客に関して学習したことの蓄積・共有
・これらの学習内容の蓄積と共有に責任を持つ組織体制

しかし、特徴を細かく見ていくと、違いがありそうです。
1.カスタマーインサイトの蓄積と共有の有無:カスタマーインサイトチームの役割として、カスタマーインサイトを蓄積し、社内で共有する、とまでは書かれていないこと。
2.新製品開発プロセスでのカスタマーインサイトの抽出の有無:カスタマーインサイトチームの役割として、新製品開発プロセスでのカスタマーインサイトの抽出とは書かれていないこと(上記の図では、新製品開発プロセスを対象としても問題はないとして付け足して拡張したものです)。
3.技術要素の理解の有無:カスタマーインサイトチームの役割として、新製品開発プロセスでの「技術要素の理解の蓄積」に関しては、書かれていないこと。デジタルサービス開発では、デジタル技術の理解が必要となります。

ここまでの議論踏まえて、以下の図に、シェアード・カスタマーインサイトの特徴とマーケティング領域での概念の関係性を整理しました。

dfd_シェアード_特徴整理

この図では、シェアード・カスタマーインサイトの特徴を、これまで議論してきたものより、細分化しています。特に、デジタル技術に関するものと、顧客に関するものを分けて整理するようにしました。理由としては、マーケティング領域における概念が、どの特徴を対象とするのかをより細かく分析するためです。

マーケティング情報システム:マーケティング領域においては、カスタマーインサイトは、マーケティング情報から抽出されるものであるとされています。ただし、マーケティング情報自体をどのように収集し、収集したマーケティング情報からカスタマーインサイト(とマーケットインサイト)をどのように抽出するのかのプロセスは、適切な仕組みが存在するのが望ましいとされます。「マーケティング情報システム」は、そのような仕組みであるとされます。以下の図は、マーケティング情報システムを示しています。

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では、マーケティング情報システムは、シェアード・カスタマーインサイトでの以下の特徴を備えているのでしょうか。
・デジタル技術に関する
 ・学習内容の蓄積
 ・学習内容の共有
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制
・顧客に関する
 ・学習内容の蓄積
 ・学習内容の共有
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制

現状の結論としては、以下のようになりそうでした。
1.マーケティング情報システムは、マーケティング情報を対象としており、カスタマーインサイトの蓄積や共有、共有に責任を持つ体制に関しては、扱ってないように思われる。
2.マーケティング情報システムは、デジタル技術に関する学習内容の扱いを対象外としている。

dfd_シェアード_特徴整理2

ただし、この結論は、マーケティング情報システムの概要をもとにしたものですので、詳細をさらに見ていくことで、結論が変わるかもしれません。

前回は、マーケティング情報システムにおける「情報ニーズの評価」の要素をさらに詳しく分析しました。結論としては、特徴は見られませんでした。

今回の話

前回からの続きとなります。マーケティング情報システムの構成図を以下に示します。

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マーケティング情報システムは、大きく7つの要素からなるようです。
1.マーケティング・マネージャーなどの情報のユーザー(前回分析済み)
2.情報ニーズの評価(前回分析済み)
・マーケティング情報の抽出
 3.社内データベース(今回分析)
 4.マーケティング・インテリジェンス活動(今回分析)

 5.マーケティング・リサーチ
6.情報の分析と利用
7.マーケティング環境(今回分析)

前回は、1と2を分析しました。

今回は、3と4と7になります。「社内データベース」と「マーケティング・インテリジェンス活動」を対象に、シェアード・カスタマーインサイトとの関係を探ります。「マーケティング環境」は、マーケティング情報の抽出時に、間接的に扱われる要素となります。

具体的には、シェアード・カスタマーインサイトの以下の特徴に関係する記述があるのかを見ていきます。目的は、シェアード・カスタマーインサイトと共通する点、異なる点を把握することです。
・デジタル技術に関する
 ・学習内容の蓄積
 ・学習内容の共有
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制
・顧客に関する
 ・学習内容の蓄積
 ・学習内容の共有
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制

社内データベース

まずは、社内データベースの位置づけから見ていきます。

多くの企業が社内に巨大なデータベースを構築し、顧客と市場に関する情報を蓄積している。マーケティング・マネージャーはいつでもデータベース内の情報にアクセスし、それらを用いてマーケティングの機会や問題を見極め、計画の立案、実績の評価などを行うことができる。あるアナリストにいわせれば、「社内データには、莫大な資産がほとんど手つかずのまま眠っている」。企業は、「情報のポテンシャルに気づかないまま、既存の顧客ベースという金脈の上に座っている」ようなものだ。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, pp.116-117

ここでは、大きく「顧客」と「市場」に関する情報が蓄積されているとしています。

マーケティング・マネージャーは、それらの情報にアクセスすることで以下のようなことを行います。
・マーケティングの機会や問題を見極める
・計画の立案
・実績の評価

続けます。続いては、データベース内にどんな情報が集まっているかどうかです。

データベース内には、実にさまざまな情報が集まっている。マーケティング部門は顧客のデモグラフィックス(人口動態的特性)情報、サイコグラフィックス(心理学的属性)情報、購買行動情報などを持っているし、顧客サービス部門は顧客満足度やアフターサービスに関する情報を記録している。経理部門は売上高、コスト、キャッシュフローなどの詳細情報を保管している。製造部門からは生産スケジュール、出荷、在庫についての報告が得られる。営業部門は再販業者の反応や競合他社の動向を提供してくれる。これらの情報を利用することで、強力なカスタマー・インサイトと競争優位が得られるのである。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, pp.117

データベースに集まる情報を一覧にすると以下のようになります。
・マーケティング部門
 ・顧客のデモグラフィックス(人口動態的特性)情報
 ・サイコグラフィックス(心理学的属性)情報
 ・購買行動情報
・顧客サービス部門
 ・顧客満足度
 ・アフターサービス
・経理部門
 ・売上高
 ・コスト
 ・キャッシュフロー
・製造部門
 ・生産スケジュール
 ・出荷
 ・在庫
・営業部門
 ・再販業者の反応
 ・競合他社の動向

では、社内データと以下の特徴の関係を考えます。
・デジタル技術に関する
 ・学習内容の蓄積:デジタル技術に関する学びの蓄積は言及されていない。サービス開発部門やIT部門といったソフトウェア開発を行う部門は対象とされていない。
 ・学習内容の共有:蓄積がないため共有もない。
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制:なし
・顧客に関する
 ・学習内容の蓄積:マーケティング部門や顧客サービス部門では、顧客に関係する情報が集まっているが、カスタマーインサイトではない。
 ・学習内容の共有:
なし
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制:なし

社外データ(マーケティング・インテリジェンス活動)

次に、「マーケティング・インテリジェンス活動」に関して分析します。

実は、『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』では「マーケティング・インテリジェンス活動」の説明はなく、「社外データ」の説明がそれに対応すると思われます。本書の原書となる『Principles of Marketing』では、「社内データ(Internal Data)」の節の次に「Competitive Marketing Intelligence」の節が続きます(版が違うので、昔の版では、External Data等だった可能性もあります)。

では見ていきます。

マーケティング・マネージャーは社外データに目を向けて、有益な情報を入手することもできる。顧客を取り巻く環境、競合他社の動向と評価、機会と脅威に関する情報があれば、より優れた戦略的意思決定を導くことができる。
 多くの企業が市場や競合他社の動向を探るのに忙しい今日、社外データの収集はますます盛んになっている。インターネット上のうわさ話を監視する、顧客を直接観察する、自社の社員に質問する、他社製品の性能を知るためにインターネットで調べる、見本市に参加するなど、その手法は実に幅広い。
 自社ブランドについて顧客がどのようなことを語り、どのようなイメージを抱いているかといった情報は、カスタマー・インサイトの一助となる。製品を使用した感想を述べる場に社員を潜り込ませ、顧客と交流させる企業は多い。また、モニタリング・サービスを使って、消費者のオンライン上のチャットを定期的に確認している企業もある。
──『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』, コトラーら, pp.117

ここでは、社外データは次のような情報のことを言うようです。
・顧客を取り巻く環境
・競合他社の動向と評価
・機会と脅威

そして、これらの情報があれば「より優れた戦略的意思決定を導くことができる」とされます。

社外データの収集方法として次があげられています。
・インターネット上のうわさ話を監視する
・顧客を直接観察する
・自社の社員に質問する
・他社製品の性能を知るためにインターネットで調べる
・見本市に参加する
・製品を使用した感想を述べる場に社員を潜り込ませ、顧客と交流させる
・モニタリング・サービスを使って、消費者のオンライン上のチャットを定期的に確認する

では、社外データと以下の特徴の関係を考えます。
・デジタル技術に関する
 ・学習内容の蓄積:技術やデジタル技術に関しては対象とされていません。
 ・学習内容の共有:蓄積がないため共有もない。
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制:なし
・顧客に関する
 ・学習内容の蓄積:顧客に関係する情報を集めていますが、カスタマーインサイト自体ではないように読めます。
 ・学習内容の共有:
なし
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制:なし

結論と考察

社内データと社外データに関して詳細に見ました。

社内データに関しては次のような結論となりました。
・デジタル技術に関する
 ・学習内容の蓄積:デジタル技術に関する学びの蓄積は言及されていない。サービス開発部門やIT部門といったソフトウェア開発を行う部門は対象とされていない。
 ・学習内容の共有:蓄積がないため共有もない。
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制:なし
・顧客に関する
 ・学習内容の蓄積:マーケティング部門や顧客サービス部門では、顧客に関係する情報が集まっているが、カスタマーインサイトではない。
 ・学習内容の共有:
なし
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制:なし

社内データに関しては次のような結論となりました。
・デジタル技術に関する
 ・学習内容の蓄積:技術やデジタル技術に関しては対象とされていません。
 ・学習内容の共有:蓄積がないため共有もない。
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制:なし
・顧客に関する
 ・学習内容の蓄積:顧客に関係する情報を集めていますが、カスタマーインサイト自体ではないように読めます。
 ・学習内容の共有:
なし
 ・学習内容を共有する責任を持つ体制:なし

まとめると、社内データ、社外データともに、シェアード・カスタマーインサイトでの特徴は備えていないように思えます。
・デジタル技術に関することは扱っていない。
・マーケティング情報とマーケティングインサイトの区別の程度によるが、カスタマーインサイトは扱っていない。

最後に、上記を踏まえて、考察です。
・社内データでも社外データでもデジタル技術に関する学習内容は蓄積されない

この点に関しては、もう少しプロセスを分割して考えることで、役立つ視点が得られるかもしれません。つまり、次の区別です。
 ・デジタル技術に関する情報を収集すること:どんな技術があるのか、各技術は何ができるのか、何ができないのか等
 ・デジタル技術を実際に使うことで学んだこと:各技術は何ができるのか、何ができないのか、使いこなすためにどんな知識やスキルが必要なのか等

これらのプロセスで得られたものは、「マーケティング情報」と対比で表現するなら「(デジタル)テクノロジー情報」と表現できるかもしれません。

また、「カスタマーインサイト」と対比するのであれば「テクノロジー情報」は「テクノロジーインサイト」や「ソリューションインサイト」として抽出できるのかもしれません。ただ、具体的にどのようなものをテクノロジーインサイトと呼べるのかは今の所分かりません。

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何らかのテクノロジーインサイトが、どのような役割を持つのかも明確には分かりません。

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テクノロジー情報とテクノロジーインサイト(があるとして)を管理対象として扱い、何からの価値を生み出していくためには、次のような疑問に対する答えが必要かもしれません。
・テクノロジー情報は、誰が集めるのか(担当部署)
・テクノロジー情報は、どのようなプロセスで集めるのか(担当部署)
・テクノロジー情報を、どこから集めるのか
・テクノロジー情報を、どこに蓄積するのか
・テクノロジー情報を、どのように表現するのか
・テクノロジー情報は、誰が使うのか(担当部署)
・テクノロジー情報は、どのプロセスで使われるのか(担当部署)
・テクノロジーインサイトは、誰が集めるのか(担当部署)
・テクノロジーインサイトは、どのようなプロセスで集めるのか(担当部署)
・テクノロジーインサイトを、どこに蓄積するのか
・テクノロジーインサイトを、どのように表現するのか
・テクノロジーインサイトは、誰が使うのか(担当部署)
・テクノロジーインサイトは、どのプロセスで使われるのか(担当部署)
・テクノロジーインサイトを、何に活用するのか

これらの疑問への回答の一部が、シェアード・カスタマーインサイトでの特徴となるとも考えられます。

一方で、マーケティング領域およびマーケティング情報システムでは、これら技術に関わる情報にあまり着目してこなかったのかもしれません。あるいは、必要性を感じてこなかったのかもしれません。

まとめ

今回は、マーケティング領域での「マーケティング情報システム」とDX領域の「シェアード・カスタマーインサイト」との関係を分析しました。

マーケティング情報システムとは、マーケティングに関する意思決定を適切に行うための仕組みとされます。マーケティングに関わる情報からカスタマーインサイトを得るための仕組みであり、どのような人たちが、どのように関わり合いながら、どのようにマーケティング情報を得て、どのようにカスタマーインサイトを得るのかを示したものです。

今回は、マーケティング情報システムの構成要素である以下の2つを特に詳しく見ました。
・社内データ:社内データは、社内の各部門の業務の結果として蓄積されている各種データのことです。
・社外データ:社外データは、たとえばインターネット上でのうわさ話や顧客を直接観察すること等により得られたものことです。

結論としては、シェアード・カスタマーインサイトでの特徴は社内データと社外データからは見つけられませんでした。

次回は、マーケティング情報システムにおける「マーケティングリサーチ」を詳しく見ていきたいと思います。続きはこちら

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