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むずかしい平凡 自句自解 第一章「むずかしい平凡」

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拙句集「むずかしい平凡」の自解を行っています。もしよければ俳句を楽しみつつ、お付き合いください。
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#俳句鑑賞

60 鳥は卵石ころは影抱いて春

60 鳥は卵石ころは影抱いて春

 句集「むずかしい平凡」自解その60。

 この句の読み方をまずは文法的に。

 「鳥は卵」「石ころは影」はそれぞれ「抱いて」にかかってゆく文法構造です。散文的に言えば、「鳥は卵を抱いていて、いっぽう石ころは影を抱いていて」というふうに、「抱いて」にふたつの部分が同時につながっている、そういう形です。

 鳥は卵を抱いているし、石ころは影を抱いているし、うん、なんだか春だなあ。

 そんな読みです

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58 春はあけぼの家族にそれぞれの寝息

58 春はあけぼの家族にそれぞれの寝息

 句集「むずかしい平凡」自解その58。

 東日本大震災、福島第一原発の事故で自主避難した妻子。

 自主避難して二年目か三年目のころだろうか。

 当初は生活の変化についてゆくのが精いっぱい。とにかく初めてのことばかりだった。少し慣れてきて、いくらか不安はあるものの、我々はなんとか生き延びてきたんだなという思いがわいてきた。

 自分一人だけ早く目が覚めて、妻子はぐっすり寝入っている。妻子それぞ

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57 春山でおにぎり先生のおなら

57 春山でおにぎり先生のおなら

 句集「むずかしい平凡」自解その57。

 遠足風景。

 春の山にみんなで登って、おーい、ここがいい景色だから、ここで昼飯にしよう、なんて先生がけっこう張り切りっている。

 みんなも、いいねえ、いい景色だ、などとちょっとしたいい気分。

 さて、おべんとうを取り出して、おにぎりをぱくり。

 すると、どこかからおならの音。あれ、このおならはあんなに張り切っていた先生のおなら。張り切っていた緊張

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56 川と本屋のゆたかな町よ夕燕

56 川と本屋のゆたかな町よ夕燕

 句集「むずかしい平凡」自解その56。

 鳥の中で一番好きなものは、と聞かれたら「燕」って答えるでしょうね。

 なぜといわれてもうまく答えられないけれど。

 小さくても力強く、自由自在に飛ぶ姿。気がついたら好きな鳥になっていました。

 中学のころ、自宅に巣を作った燕の卵を蛇が狙っていた。その燕も危険を感じ、近くの仲間を呼び寄せ、必死に蛇の気をそらそうとしていた。人間もも蛇を追い払ったりして

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ぼくの好きな俳句たち 3

ぼくの好きな俳句たち 3

じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子 前回に続いて蛍の句。

 この句も説明を拒絶している句ですね。むしろ、読者にいろんな読みを求めてくる句。書き手が読み手に問いを発してくる句。

 「ねえ、きみ、なんで蛍に生まれたの?」

 「うん、じゃんけんで負けちゃったの。それで蛍になっちゃったの」

 「へえ、じゃんけんでね」

 「そう、じゃんけんで」

 「ふ~ん」

 「じゃんけんで負けて蛍に

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50 花辛夷からだの芯にとどく光

50 花辛夷からだの芯にとどく光

 句集「むずかしい平凡」自解その50。

 「辛夷」は「こぶし」と読みます。「花辛夷」とは「こぶしの花」のこと。気候もだんだんに暖かかくなり、梢にぽっと点るように咲き出す春の木の花。好きだなあ、この花。なんともいえない楚々としたたたずまい。しかし、きっぱりとした意思のようなものを、あの白さの中にしっかり抱えている。

 この花を見ると、自分自身の中で、しっかりしなくちゃ、って思ってしまう。

 「

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49 遅く帰るや明日入学へ揃う靴

49 遅く帰るや明日入学へ揃う靴

 句集「むずかしい平凡」自解その49。

 愚息が小学校へ入学するころの作。

 福島から山形県南部の町に自主避難して、そこで小学校へ入学することになったため、夜仕事を終え、車に乗り込み、そのまま避難地へ。

 そのとき、私自身もそこそこ重い仕事を任されていたため、すぐには帰れない。職場を出たときにはもう暗くなっていた。気を付けて、しかし早く帰らなくては。

 約一時間半かけて山道を抜け、峠を越え

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48 鳥ぱっと散り卒業の日もおはよう

48 鳥ぱっと散り卒業の日もおはよう

 句集「むずかしい平凡」自解その48。

 卒業式の朝の光景。

 これでも高校の先生などという仕事をしているので、毎年、卒業式というものを体験するわけです。だんだん慣れてきてしまい、感動というものもあんまり感じられなくなっているのが情けないんですけれどね。

 それでも、これはこちらの単なる感受性の鈍麻だけでないものもあるように思います。

 形式を重視しすぎる教育現場。卒業生より来賓のほうを大

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41 雪に刺さって雪映すのみカーブミラー

41 雪に刺さって雪映すのみカーブミラー

 句集「むずかしい平凡」自解その41。

 雪国で見た光景。深く雪が降り積もり、すべては真っ白の世界。

 そんなときに車で運転するのはほんとうに注意が必要。どこでどんな危険が待ち伏せているか。

 ふと見ると、カーブミラー。雪に埋もれている。というか、なんだか雪に刺さっているようだ。そして、肝心の車などはほとんど通らないから、映っているの雪の世界だけ。カーブミラーの奥深くまで雪世界がしみ込んでい

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40 凍蝶よ言葉を溜めているひかり

40 凍蝶よ言葉を溜めているひかり

 句集「むずかしい平凡」自解その40。

 凍蝶(いてちょう)とは、冬の蝶のことです。ただし、ほとんど動かず、死んでいるかのように見えるけれども、じっと寒さに耐えて凍りついたようになって枯草にしがみついている蝶。生きているというより、仮死状態といったほうがいいかもしれない状態。でも、その凍蝶が冬の冷たい光をあびて光っている。

 それをみながら、なんか、この蝶も言葉を今一生懸命溜めこんでいるんじゃ

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39 雪つむ木々書体も文体も肉体

39 雪つむ木々書体も文体も肉体

 句集「むずかしい平凡」自解その39。

 雪が降っている。

 木々に雪が降り積もっている。

 それを見ながら、書体とか、文体とか、そういう文字とか言葉に関するスタイルというものが、いかにその人間のもつ肉体と深くかかわっているか。

 そんなことを考えている。

 と、読んでもらえれば作者としてはうれしいわけですが。

 木々に雪が降り積もっているのを見て、書体とか文体とか、そんなことを考えて

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38 大根干す老婆は一日に成らず

38 大根干す老婆は一日に成らず

 句集「むずかしい平凡」自解その38。

 自分で作りながら、こんなふざけた俳句ってどうなんだろうって思っています。句会に出したところ、ぼちぼち面白がってくれた人はいましたが、単なる言葉遊びだろ、って多くの人は思ったかもしれません。

 ローマは一日にしてならず。

 老婆は一日にならず。

 まあ、それだけの句ですから。

 でも、大根を干すにも年季というものはあるんじゃないだろうかとは思うんで

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37 冬の月きれいに積まれいるマネキン

37 冬の月きれいに積まれいるマネキン

 句集「むずかしい平凡」自解その37。

 マネキンというのは、洋服をいろいろ着せ替えて、ショーウインドウに並んで、たくさんの人に見てもらって、人々の購買意欲を高揚させる、一種の広告のための道具ですけれど、なんとなく単なる道具というのとも違いますね。

 じゃあ、かといってアート作品化というと全然そうでもなく、むかしのギリシャのトルソーみたいなもんだけれど、やっぱり工業製品化されているものだから、

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36 愚直とは忘れないこと冬木の芽

36 愚直とは忘れないこと冬木の芽

 句集「むずかしい平凡」自解その36。

 「忘れない」っていうのは難しいことですね。人は自分に都合の悪いことはけっこう忘れてしまいますから。もちろん自分もそういう人間のひとり。

 でも、2011年の東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原発の事故は、忘れないと思う。出来事そのものもそうだし、政府の対応、人々の混乱、放射性物質に対する人々の反応の違い、そこから生じる分断、自主避難、などなど。こ

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