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掌編小説、随筆

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掌編小説と随筆をまとめています。
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#小説

燃ゆる螢

燃ゆる螢

 時は芒種。腐草為螢の侯の黄昏時。入梅を迎え、空気中に浮かんだ水分が肌をしっとりと潤す。水色の四葩は梅雨の青空となりえるか? と彼は自らに問いかけてみる。そうなりえたら嬉しいだろな、と心で思いながら、早苗田の畦道を行く。梅雨明りを待たずに進む曇天の道も悪くはない。要はどうやって楽しむかによるのだ。
 大きくなった青梅は、誰にも採られることなく地に落ちて、黄色く熟して果てに腐れていく。いや、最近誰か

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小説らしいとは

「行間の空いている小説、あれはライトノベルでいいんですか?」

 行間を空けて読者に読みやすくしている小説を見かけることがある。それらを見る度に私は、これはライトノベルか否かを考えるのである。そもそも一般的な小説とライトノベルは別物なのかも分からない次第である。しかし、ライトノベルにも色々ある。昔、カルロ・ゼン作の『少女戦記』を読んだことがある。外見は俗に言う鈍器本だが、それもラノベだと聞く。しか

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僕と君との

僕と君との

 道歩き 我の先ゆく 花駆ける
 故人の歌を詠う 東風哉

 桜の季節になると必ず、西行の歌を思い出す。

 仏には桜の花をたてまつれ
 わがのちの世をひととぶらはば

 昔の僕と比べて、今の僕は生きる楽しさを取り戻した気がする。それでも死ぬる権利はまだ僕にあって、いつでも死ねる機会はあるのだが。生きる楽しさを取り戻したと言えど、まだまだあの世の魅力に取り憑かれて、歌を詠む。

 散る花は 川を流

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迎えの宴

 簡素なつまみと酒を持ち寄って、たわいもない話を広げていく。笑いながら、涙しながら、事の終わりからよもすがら、事の始まる際まで一向に話し、そうして皆で同じ日を迎える。
 迎えの宴と銘打って、友と集い酒を酌み交わす。誰が一番に映せるかと杯に酒を満たし、その面に満月を迎えて互いの命を祝い合う。まほらまと化した宴に、鬼の出る幕は何処にも非ず。
 月露、窓の外より入り来て、一行を唯見るばかり。
 時に一人

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雁愁先生

雁愁先生

 世間が曰う所の、暗い死に方でもした霊に憑依されたかのように、日頃より死にたい死にたいと仰っていた先生は、今日も昼に眠り夜に動いておられた。ごく稀に、昼間に動かれることもあるが、その時もやはり死にたい死にたいと仰って、布団の上で天井をじっと見つめておられた。

 その先生は、名を雁愁と言った。
 物書きの人であったのだが、最近は書く回数がめっきり少なくなっていた。先生曰く「書きたいものが無くなった

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辞世の葉書

 八月八日に立秋を迎え、新涼を感じる季節となった、らしい。早朝のかなかなと鳴く蜩の寂しげな声が耳に優しい圧を与える。
 残暑見舞いを送るための葉書を五葉ほど、文机の引き出しから厳かに取り出した。離れた家族に二葉、恩師に一葉、それと書き損じ用の二葉である。また、手紙の書き方や季語が載っている本を三冊ほど本棚から取り出して、机の上に並べた。丁寧な文章を書こうか、それとも粋に句でも詠もうかなどと、本の中

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残喘の喞ち言《ざんぜんのかこちごと》

 山に舂く、斜陽を愁う。
 何故こうも哀しくなるのでしょう。

 死に花を咲かす人生をと、そう思って今まで生きてきたのだが、見事に咲かせる魂も無く、慚愧がこの身を喰らうては、ただ蠢爾たる芋虫の如く、終日と、衾を被って生きている。
 そろそろ文反故をどうにかしなければならないと思いつつ、間がな隙がな心の奥処にある芥に惑溺して、ただ時間を駄目にして過ごしていた。
 其の瘠軀は貧窶にして不如意。全くの懶

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小説の埋葬

 ある男はお茶を飲みながら考えていた。
 読まれない作品は何処へ行くのか。それは、きっと、ガラクタの山の一部となるのだろう。自分一人だけで作った山もあれば、人と一緒になって作った山もある。日の目を見ることも無く、埋もれていく。読まれない作品は誰の目にも触れることなく、作者の元で静かに埋葬されていく。
 彼の作品もそうであった。誰にも読まれることがなく、誰の目にも止まらず、悲しい思いに暮れる日々を過

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花緑青色の遺言

花緑青色の遺言

 昔、花緑青の画家と呼ばれる男がいた。
 彼はパリスグリーンと呼ばれる人工顔料だけを用いて、キャンバスに絵を描いていた。描かれた絵はどれも抽象的な模様ばかりであった。その為かどうか、絵は全く売れずにいた。
 彼はこの色の虜となっていた。初めてこの色に出会った時に、何も言わずに一目惚れをしてしまった。この色こそ自分が求めていた色だと、人生の全てを賭けていた。キャンバスの上を走り出した筆先は、今日も輪

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祠より、人の世へ。

 朱殷色に染まる雨に、地に、何思う。世は末。阿鼻地獄と化したそれは誰の仕業か。人々は、神が人世を見捨てたと吼えていた。アイツのせい、コイツのせい、と宣って罪を塗り重ねては断罪し、また残った者同士でのいがみ合い。ここに赦しを持つものは存在しない。それ故の地獄絵図。
 小さな祠に祀られし神は、修羅場を覗いて安堵した。嗚呼、これこそは《人の世》であるが故の出来事である。神の世にはない出来事。ここは人の世

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晩秋の終わり

 山が粧いを始めた。そのうち黄落、錦の波となり、晩秋において有終の美を飾るだろう。地に落ちた葉は虫たちのための布団となる。私はそれを思うだけで心がほっとする。
 あと数日もすれば立冬になる。その手前となる今は、秋の終わりの一時である。楓や蔦は黄ばみ始め、橙から紅へと変わっていき、山々を鮮やかに彩って、何処かへ行かむとする者の足をさえも止める。近くに川があるならば、錦秋はその川をも色に染め、流れる紅

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大暑の筆先 ~白紙~

大暑の筆先 ~白紙~

 四肢をじたばたさせる、布団の上。枕元の原稿用紙の上には「真白の原だ!」と小さな羽虫が散歩している。インクの乗っていない、真白な紙。書けぬ。頭の中も真白である。

 大暑。土潤溽暑を迎えて二日目の昼。窓の外、草熱れに大気が蒸しかえる中、夏の終わりがもう近くにあるというのに、向日葵が「まだ」と言って懸命に、その顔を輝かせながら碧羅の天へと伸びをしている。そんな地上の太陽も相まってか、何もせずとも汗が

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春に酔う

春に酔う

 これは、初老の男が、春の満月の日に一人で酒を飲むだけの話である。

 月に一度来る満月の夜には、必ず酒を飲むと決めている。春の月は特別だ。
 夜。春の花たちの間に男は座り、深呼吸をして、春の陽気を肺へ、体の隅々にまで送り込んだ。ふぅと吐く息に、冬の間に溜まっていた寂しさを乗せて、体の外へと解き放つ。自由となった想いは春風に溶けて、前向きな想いに変わるだろう。
 心を整え終わった男は、さあ酒だ!酒

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バレンタインのお別れ

バレンタインのお別れ

 今日であなたともお別れですね。今日はバレンタインデーということで、まずチョコレートをお渡しします。遠慮なく受け取ってください。バレンタインデーチョコでもあり、別れ際のプレゼントです。残っていたものを詰め込んだものなので、あまり期待しないでください。
 あなたとのお話、とても楽しかったです。たくさん話したいが時間は無く、会った回数は三四回程。そんな中でとても仲良くなれたことがまるで奇跡のようでした

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