「でんでらりゅうば」 第29話
……いつのころか、安莉の目のなかに狂気じみたものを見るようになってからは、毎日入れ替わり立ち替わり部屋を来訪する各家の男たちは、安莉の精神状態を気遣い始めた。そして安莉の気がいくらかでも紛れるよう、腫れ物に触るような調子ではあるにせよ、村に関する興味をそそるような話をしていくのだった。
「……どんな集団のなかにでもな、はぶられもん、というのはおるもんよ。皆にようついていかんで除けられる奴たちな。まあ、元々集団ちゅうのが好かんで自分で出ていくもんもなかにはおるけどな……。まあそげなんが、だいたい後でリーダーになるわ。とにかくこの村はな、そげなはぶられもんで始まったっちゃ。どこから来た衆かって? そら俺も知らんわ。けんどどうせこん周りの方々の村やら町やらから、何かの理由でおられんなってはじき出されてきた連中の集まりやっちゃ。山の衆やったもんも交じっとる。山の衆ちゅうたら、わかるか? ……そうや、サンカよ。……おう、知っとうと? あれは元々すげえ集団やきいの。村んために相当なっちょるでえ。……とにかく、こん村は、色んなとこから来た者の寄せ集めよ。やあけえ、色んな言葉が混ざっとろ。あんたにゃあわからんかの? 俺もまた、よそから来た者やけんね。ちょっと言われん事情があって、流れて来たんやけんが、御影ん家が引き取って養子にしてくれた。こん村はな、何でかよそから入ってきて村ん者になりたいって言う者のことは喜ぶたい。……けん、俺もここがもう長うなったけ、言葉っちゅうてももう混ぜこぜよ。生まれたとこの言葉も、もうしゃんと話せんごとなっちょるけな……」
安莉を手籠めにしたあと、床の上にごろんと横になった三十六歳の御影廉也は村の始まりをそう話した。乱れた着衣を直そうともせず、裸のむき身を晒したままやはり男の隣に横たわっていた安莉は、うつろな頭でその話を聞いていた……。
古森家の長男である二十七歳の古森伸介は、こんな話をした。伸介は古森家の跡取りだけあって、村の歴史に詳しかった。
「……こん村はね、元々はバラバラん者の集合体よ……。方々から寄せ集まった衆で、最初は共同体みたいにして始まったたい。俺もそう詳しゅう知っとるわけじゃなかばってん、結構な大昔からこん山んなかに、集落だけはあったらしいたい。最初は二十人ぐらいんはぐれ者の寄せ集めやったらしいったいね。どうせはぐれ者やけん、ロクな連中やなかったったい。人殺しやら掟破りやらで、自分のおったところにおられんなって、隠れるために山に逃げた者ばっかりやったたい。やけん村ちゅうても人ん目に触れんように、なるべく高いところに上ってひっそり暮らしとったたいね。
……それがな、今みたいないっぱしの村になっていったんは……、そら初めは力ん強か者たい。強か者が、喧嘩やら何やらでせり勝って、周りの人間を従えていったっちゃね。そら自然の摂理ちゅうて、男どうが集まれば、どこでもおんなじ話たい。なんせロクデナシの寄りやけんね……。そいつが、あるときから村を治めるて言い出して、自分はこの村の長やいうて、宣言しおったんやな。それが今は分家してのうなってしもうとるけど、大森の祖先やったわけたい。大森は、何でもここの土地の一番の古参やとかで、最初から威張っとったらしい。その内、ここらの者が皆恐れとった深か森ん奥で、竜神さんば見つけたやら言い出したたい。誰もそぎゃんこと信じとらせんかった。どうせ岩ん上に蛇でもとぐろ巻いとったん見て、想像を膨らましただけったい。
でも大森の先祖は強気やったたい。たちまち村ん人間使うて、森ん真ん中んところに祠を建てさせたたい。それが今ん大森様の原型よ。あんた見に行ったことあっど? そうたい、あっこの神社たい。星名の本家がそこん裏に建っとろうもん。名前だけは大森屋敷ちゅうて残っとらすけどな。
とにかく大森は、強引にその祠はでんでら竜ちゅうて、竜神のご神体を祀っとるということにしてしもうた。そんで、村ん衆も渋々それに従っとったたい。この村では大森ん言うことは絶対やったけんね。
けど御利益も、なかったわけやなかったい。大森ん孫は、代々よか血統を受け継いでいった。頭もよかったし、体も頑丈やったと。当時はまだ人間も少のうて、ほら、皆山んなかに隠れとらないけんような連中やったろ、やけん婚姻も血の濃か同士で組まれるしかなかったとが、おかしい子ぉもいっぺんも生まれんと、むしろ優秀な子どもばっかり生まれてきよったたい。容姿もようでな。澄竜んような美しい子ぉばっかり、男も女も。これもでんでら竜の御利益じゃ、俺たちは竜の血族じゃ、とか言うて大森ん衆は奢り高ぶるようになっていったたい。
まあ、実質村の立役者でもあり、支配者でもあったけんね、大森は。規模は比べもんにならんけど、言うてみたらローマの皇帝みたいなもんやったたい。ローマの皇帝ちゅうたら、……わかっど? その内ネロみたいなんが出てきだした。機嫌ふうげんで村ん者の命取ったりし始めた。すっと、やっぱろくなことはなかったいね、でんでら竜の御利益が切れたんか、生まれてくる子んなかに、異常に弱いのや、病気持ったんやら、二目と見られんぐらい醜いんや、凶暴なんやらが生まれるようになってきた。……まあでも、冷静に考えれば、近親婚を繰り返した結果がとうとう出ただけのこったいね。
大森の家もとうとう煮詰まったか、と思われよったそのころよ。ちょうどそれは、江戸時代の末期やったと伝わっとる。長崎の出島ちゅうところからな、山ん衆が外国女を連れて来た。知っとうや、山ん衆はしょっちゅう村から出て、どこでん自由自在歩き回って、まず誰も知らんような情報を仕入れてくるし、影でなんぼでも暗躍するもんや。あれはそういう種族よ。昔っからどこにでも紛れておったし、昔っから何でも受け負うてくれよったたい。……ここだけの話やっけどな、大森の家でおかしな赤子が生まれたら、すぐ山ん衆が来てこっそりどっかに連れて行きよったっていう話よ。どこに連れて行ってどうしたかまではわからん。とにかくそのころ、そぎゃんことがあっときは、山ん衆に皆頼みよったっていうのはホントたい。
話が逸れてしもうたがな、とにかく、ある日山ん衆が、外国女を連れて戻ってきた。長崎の出島から入って丸山ちゅうとこの遊郭に売られる予定やったロシヤ女じゃっていうことやった。いや、フランス女ちゅうたか、それともポルチュギースやら何やら。わからんけん、多分ロシヤ女じゃったちゅうことで、ここでは通っとる。山ん衆が、売られそうになっとった女を言葉巧みにだまくらかして、この山んなかに引っ張ってきたゆうことたい。何のためにって? そりゃこっからが肝ん話たい。
大森ん家で、おかしけたな赤子が立て続けに生まれるようになって久しかった。それをどこぞに持って行かなんならん山ん衆も、あんまりきりがなかけん、そろそろ疲れよったっちゃろ。どうにかしてこの悪循環を断たんばんと思って、策を講じたったいね。あん衆は情報に通じとろ、その分だけ頭が働くたい。
山ん衆はここらで違う血を入れたらどうかと、大森に提案したたい。どうせ入れるなら、うんっと違う血を入れるに越したことはない。大森は勿論、二つ返事で賛成したたいね。そのロシヤ女は透き通るような白い肌で、目の醒めるような金髪、宝石みたいな青い目をしとったけんね。すぐ村中で有名になったと。……それが大森の大御婆様? うーん。もうちょっと上の世代たいね。江戸時代ぐらいの話らしいけんね。……でもとにかく、血は交じり、代々受け継がれてきた。それがあの公竜と澄竜の兄弟に、特に色濃く出とったいね。あん二人が、ロシヤかフランスか知らんけど、外国の遺伝子が一番はっきり出とったい」
――その女も、安莉と同じ境遇だった。女は村の男の子を孕み、男の双子を産んだ。どうもその辺りから、大森の血族は双子の遺伝を組み込んだらしい。
生まれてきた男の子たちを見て、女は瞬く間に気が触れてしまった。そのころにはせっかく覚えていた片言の日本語もすっかり忘れて、夢うつつにロシヤだかフランスだかの言葉でずっと何やら呟いて暮らしたという。それは村の人々には到底わからぬ言葉で、わからぬがゆえに呪詛のように不気味に響いた。
そして、その呪詛のせいかと思われるほど、双子の容姿は異様だった。
ひとりはこの世のものとは思えぬような壮麗な見目形をしていて、母親に瓜二つだった。そしてもうひとりは……それこそ世にも恐ろしい形相だった。青みがかった灰色のつるりとした肌は死人のもののように怪しく光り、髪の毛も眉も真っ白、そして何より驚いたように見開いているその両の眼は、まさしく呪いの顕現であるかのように、禍々しい真紅色だったのだ。
どっちかしかできんとよ……
いつか薄暗闇の座敷のなかで静婆が呟いた言葉と、大森神社の境内でそう呟いた澄竜の言葉が思い出された。
結局、大森家はあまりにも不吉なその双子を引き離すために、長男を古森とし、次男に星名を賜らせたと言い伝えられている。だが違う血が入ったことは確かに功を奏したようで、その後は稀にしか一族におかしな赤子が生まれることはなくなった。
遠い昔に根付いた双子の血は連綿と受け継がれ、大森に端を発するこの二つの家では、ときどき双子が生まれることがある。異形が生まれるのは、特に星名において多かった。
澄竜たち兄弟も、やはり同じ双子の、正反対の容姿を携えてこの世に生まれてくる〝竜の法則〟によって生まれてきたということは、紛れもない事実であった。
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