何事も客観視するように意識することが大切 簡単な方法があります
こんばんは、アドバイザーのこうたです。
今回は社会人としてはもちろん、どのような場でも活用できる方法です。
彼氏・彼女であっても、友人であっても、部下であっても、円滑なコミュニケーションを図るのに最も簡単で、効果的な方法をお教えします。
1.なぜ客観視が必要なのか?
人間である以上、時に自己中心的になるのは自然なことです。
しかし関係性によって許される時と許されない時があり、相手によって許容範囲も大きく異なります。
私は相手によってうまく合わせる術を身につけましたが、それでも関係値の浅い相手にうまく調整できるとまではいきません。
極論、自己中心的なことをしないのが無難ではあるものの、全くやらないのも適切なコミュニケーションとは言えないのが難しいところ。
ゆえに客観視して、自分がやり過ぎていないか、常識的にも許される範囲なのかを常に意識しなければなりません。
2.譲れないこと、譲るべきところ
営業でも部下への命令でも、または友情であっても、譲れない場面というのは往々にしてあります。
しかし言い方の問題で軽減できたり、自己中認定を回避できたりすることもあるものです。
一般的に自己中とは、自分勝手であることを本人が認識していないと相手が思うことで認定されます。
しかし理解を示すことで、それは自己中ではなく譲れないべきところであり、自分が折れる、または受けるべきであると思ってもらうことが可能です。
上司と部下とは、自己中が紙一重なものであると私は意識しています。
結局は受け手の問題であることから、適切な伝え方を常に意識しなければ、円滑なコミュニケーションが図れないのです。
なので私は、常に相手の反応をよく観察し、「なんか反応がおかしいな?」と思ったら、客観視したり他の人に相談をしたりして見直すようにしています。
この意識があるかだけで、受け手の印象は変わるものです。
3.自分に置き換えてみる
とはいえ、人によって許容範囲が異なるのが前提です。
例えば単純な話、カラオケに行くかボウリングに行くかで意見が分かれた時、「俺はカラオケがいい!」と主張することが、ただのワガママになるのか、単なる一意見となるのかは人によって判断が異なります。
そうなった時、自分が言われた時に置き換えてみてください。
自分が他者に、「ボウリングは譲れない!」と言われた時、「まあそんなもんだよね」と思えるか、「ふざけんな、ワガママ野郎」と思ってしまうか。
私であれば、「まあそんなもんだよね。だって俺もそういう気分の時はあるし」と思うので、別に自己中とまでは思いません。
であれば、自分もそういう主張をしてもいいと思います。
しかし一方で、「休日出勤をやれ」と自分が言われた時、それが上司の都合であれば、相手の気持ちを考えない横暴な指示であると感じます。
なのでもし私が命じなければならない時は、「申し訳ないけど○○の理由で頼めるか?」と相手の気持ちに寄り添った伝え方を意識するわけです。
4.自分がされて許容できるか
そもそもとして、自分が許容できないのに相手に許容しろというのが、自己中の最たるものです。
なので私のルールとして、『自分がされて嫌なことは人にしない』を信条としています。
小さい頃から言い聞かせられる当たり前の内容ですが、詰まるところこれが真理なのです。
しかしこういう話になると必ず出るのが、「休日出勤上等。だって俺も昔、当たり前のようにやっていたし」。
確かに、今の心情としてはそうなのかもしれません。
でも初めて言い渡された時、本当に「上等」と思っていたでしょうか?
部下が命令されている今は、過去のあなたなわけなのです。
もし少しでも「嫌だな」と思っていたのであれば、それはあなたにとって許容できない事柄であり、自分がされて嫌なことを指示していることになります。
5.まとめ
まずは、自分がされた時どうなのか?
ここが最低ラインです。
続いて、常識的にどうなのか?
多くの人に言った時、許容されないことのほうが明らかに多い事柄なのであれば、それはやはり個人の主張でしかありません。
もし正誤の判断がつかない場合。
その時は、自分が正しいのかどうかを他者に相談してみてください。
第三者こそが『客観』の事実なのです。
この3つさえ意識すれば、自分よがりなコミュニケーションを回避することができたと言えるでしょう。
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