シン映画日記『波紋』
シネプレックス幸手にて筒井真理子主演、荻上直子監督作品『波紋』を見てきた。
『かもめ食堂』や『めがね』、『トイレット』、『川っぺりムコリッタ』など、オフビートなヒューマンドラマやコメディを作ってきた荻上直子監督の最新作。予告編を少し見た感じではこれまでの荻上直子監督作品の雰囲気とは違う、シリアスで不穏な雰囲気を感じ、見てみるとその感覚はあながち間違ってはいないが、
深田晃司監督作品や是枝裕和監督作品ほどのエグみはなく、荻上直子監督らしい比較的マイルドな不穏家族ドラマに仕上げている。
主人公・須藤依子は夫・修、息子・拓哉、修の父の四人家族で過ごしていたが、東日本大震災直後に修が突如家出をしてしまう。数年後、久しぶりに修が須藤家に戻るが、半年前に父が亡くなり、拓哉は九州の大学に進学し、依子は近所のスーパーでパートとして働く傍らで「緑命水」を新興宗教にハマり、勉強会にいそしむ。音信不通だった修の突如の帰宅に依子は彼を叱責するが、修から自身が癌を患っていることを知らされる。
新興宗教と庭の枯山水庭園作りに取り憑かれたようにハマる妻・須藤依子の物語で、勤務先のスーパーには毎日のように難癖をつける年寄りのクレーマーが来たり、お隣の主婦とは些細なことで揉めそうになったり、さらには久しぶりに帰宅した息子・拓哉は恋人を連れてくるが聴覚障害だったり、修の癌治療に高額な薬を要する、など微妙に嫌なことが積み重なる。
ポイントなのは嫌なことが次から次へと起こるが、どれも日常において高額な金銭や己の我慢で乗り越えられそうなものばかり。依子が手入れする枯山水庭園はある種この映画の象徴とも言える。枯山水庭園がきちっとしている時は平穏無事だが、猫に荒らされたり、夫に荒らされたりすると傍から見れば大したことないが、依子にとってはとんでもないことが起きたように思え、不穏な日常に変わる。
もう一つポイントになるのが主人公・須藤依子が流されやすい体質にあること。主人公が常に名前ではなく「須藤さん」とか「妻」とか「お母さん」と呼ばれ、自身の考えが希薄。だからこそ、ご近所で行われる新興宗教の勉強会で効能不明な「緑命水」やさらなる効果なレアグッズを買わされたり、木野花が演じるパート先のスーパーのお掃除おばさんからの微妙なアドバイスを真に受けたり、それによって日常が微妙な方向に向かう。
新興宗教の描写は上田慎一郎監督の『スペシャル・アクターズ』や城定秀夫監督の『ビリーバーズ』で見られたような特殊な施設や強固な組織があるわけでなく、そこらの民家や集会場で行われる組織の支部会合の様子だが、新興宗教特有の歌やダンスはかなりしっかりしていて、その変なあたりが荻上直子監督作品らしい。
要するに深田晃司監督の『淵に立つ』や是枝裕和監督作品の『万引き家族』のような決定的な事件・出来事はないが、荻上直子監督作品らしい身の丈の中での不穏で嫌な出来事をぬるま湯加減で見ていく。
そこに死生観も織り交ぜたり、意味ありげな水や雨が多いあたりは『川っぺりムコリッタ』っぽさも伺える。
主人公を筒井真理子に据えることで不思議といつもの荻上ワールドと違うシリアスな感触があり、これに光石研や磯村勇斗が呼応している。
木野花が独特な雰囲気があるお掃除おばさんを演じているが、15年前ならもたいまさこが演じるポジションを木野花が演じている様子。
いつもの荻上直子監督作品で見られるほっこりコメディこそは影を潜めているが、
シリアスな不穏ヒューマンドラマをマイルドに仕上げるあたりに荻上直子監督らしさがある。
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