マガジンのカバー画像

(小説集) 剣鬼悪辣

35
よく分からん奇行短編小説と、連載長編小説です。 暴挙とも思われる事を書いてしまうが、それすら誰かの救いになるのなら、我悪辣の名の下に、太刀を振るう事鬼の如し、そういう事です。
運営しているクリエイター

記事一覧

【アロン】

【アロン】

朝焼けが始まる。
俺にとってそれは、見慣れた光景で、景色がブルーに染まってゆくその姿を。
何の、感慨もなく、見ていたんだ。
昨夜の事は、朧げで。消えなかった事を後悔した。

A moment of silence...

「寝てるの?」
顔を上げるのが余りにも面倒で、眼だけ動かして、声の主を探した。女。記憶を辿って見たが、思いつかない。
先刻までの事は、思い出したくない。
確か、そう、カラオケ屋

もっとみる

薄情屋蹂躙録・終曲

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。吉原に跋扈する女衒、鶴屋蔦二郎の話を行きずりの遊女と美濃吉より聞き覚え、成敗致すと一肌脱ぐ事になった男は、名刀、油

もっとみる

薄情屋蹂躙録・参

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。吉原に跋扈する女衒、鶴屋蔦二郎の話を行きずりの遊女と美濃吉より聞き覚え、成敗致すと一肌脱ぐ事になった男は、名刀、油

もっとみる

薄情屋蹂躙録・弐

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。吉原に跋扈する女衒、鶴屋蔦二郎の話を行きずりの遊女と美濃吉より聞き覚え、成敗致すと一肌脱ぐ事になった男、さて、いか

もっとみる

薄情屋蹂躙録

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。

1幕.華の吉原、暗夜に嗤う「親父、ってこたぁ。借銭の型に女衒に娘のお菊を取られ、尚のことこの店まで抵当に入れら

もっとみる
ディストラクションペキン

ディストラクションペキン

120円になりまーっす。って何でこんなやっすい値段で売ってくれんのマジ良心的だね。そんな君が世紀末を生き残る事を祈ってるぜ、OH!お釣りを貰いそこねた。だけど、釣りはいらねぇみたいな速度で出て来ちまったから、バツが悪くて仕方ねぇ。

ま、良いのさ。今日の俺は非常に上機嫌。なんてったって世紀末。みんなタピオカなんてちゅるちゅる吸って全く気付いてねぇけど、バリッバリの世紀末。気付かねえテメェは上空から

もっとみる
FULL HEART SESSIONS

FULL HEART SESSIONS

11月15日、朝7時。
ぴったりにタイムカードを押して、掃除用具の入っている扉を開ける。
床の隅々まで掃除機をかける。今年に入ってもう3台目、ダイソンの掃除機が壊れるなんて、きっとそうそうないのだろうが、もうこれも吸引力が落ちてきた。
次はワイパーを取り、反発力の高いマットを拭く。足がズブズブ沈む。靴下越しに、冷ややかな感触が伝わる。
入り口に戻り、レジの電源を入れ、ここだけ暗い、ブラウンのブライ

もっとみる
ホテル ニュー九龍

ホテル ニュー九龍

キッと前を見据え、その先にあるカメラの小さいレンズを睨む、だけどそれは隠しカメラで、タコ足配線を構成するためにつけた電源タップに入っているはずだからわからねぇ筈なんだけどなぁ。まずいよなぁ。
と、太田豊彦は独りごちている。もちろん隣の部屋で。睨みつけているのは町田達明。快男児の筈なのに長髪を一つに結び簪簪又簪、現代稀代の男娼であり、僧帽筋三角筋共に著しく隆起し、そのくせアフガンの気魄溢れるスットー

もっとみる
FRIEDCHICKEN EGOISTIC

FRIEDCHICKEN EGOISTIC

足りない。その不足分を補ってこの身を維持する一連の行動に、何か意味を見出すことがあるだろうか。そんな事を考えた。

若鶏の塩レモン唐揚げ、焼売、骨無し鶏のササミ揚げ、肉団子の黒酢だれ、チキンカツ甘酢あんかけ、若鶏の竜田揚げ、秋刀魚の竜田揚げ、甘海老の唐揚げ、カニ玉甘酢あんかけ、合鴨のスモーク、ソーセージアンドポテトフライ。

迷わず僕はカゴに放り込む。欲望というのは、正直に生きさえすればどこまで行

もっとみる
Septembers

Septembers

朝から機嫌が悪いことは知っていた。
授業中、何度も机にシャーペンの芯を押し付けてボキボキ折って。
その間ずうっと黒板だけを見て、一度も目を移さなかったから、無意識でやっているんだろうことは分かったけど、怒りとも憂鬱とも取れないその行為が、彼にとってどういう意味をもたらすのか、私には分からなかった。
窓辺から風が吹いた。カーテンが大きくたわみ、一瞬目の前が真っ白になった。

そんな日には、働かないと

もっとみる
telecasterの夢の外-monologue-

telecasterの夢の外-monologue-

-いやさ、ずっと、あぁこれ、間違ったな、って思ってたのよ。だってそうじゃん。直人も理沙も、多分俺より才能とかあるし。

-妬んでた?いや全然、そんな事なくて、直人は文章書けるし。歌も上手い。理沙だって美人だし、2人ともすごくいろんな人に知られてる。だろ?そんな事良いんだけど。俺はそうでもないし、そんな堂々ともしていられないし、そういうの俺の性分みたいなものなんだよね。

-間違った部分について?音

もっとみる
あんたの本能、買わせてくれる?

あんたの本能、買わせてくれる?

午前2時の待ち合わせで、こんなにテンションが上がらないのはなんでだろう。
感情が高ぶって何度も画面を見返す数、視野に入ってくる人をわざわざじっくり見つめる回数。全てにおいて足りない。そりゃそうだ。今日、この時間に待ち合わせしている相手は、同期の女子でもなく、バイト先の同僚の女子でもなく、生徒。トオルくんとだからだ。
ちょうど煙草に火を付けた所で先生、と声をかけられた。
間抜け面で煙草を加えた俺は、

もっとみる
telecasterの外の夢(5)

telecasterの外の夢(5)

今更意味が分かるなんて、そんなことは本当に辞めて欲しかった。いつだって僕は遅れている。止めることも遅れているし、怒ることも時期を外している。学校を休んだ日の翌日、授業内容は知っているくせに、理解ができなくなるように、僕はいつだってタイミングを逃すし、遅すぎるのだ。

拓は何日も部屋に帰ってこなかった。僕も理沙も大量のLineを飛ばしたが、拓はずっと既読スルーだった。

直人さん、拓がいないの。店も

もっとみる
telecasterの外の夢(4)

telecasterの外の夢(4)

お疲れ。そう言いながら僕たちは飲み始めた。なんだか社会人みたいだ。もっとも、僕らはこの大衆居酒屋で同じように飲んでいるワイシャツ姿の男性たちとも、Tシャツ短パン姿の外国人達とも、そう年齢は変わらない。そして、一般的に言う、社会人ともそう変わらない。根っこを深く掘り下げれば、僕らに違いなんてない。大衆居酒屋はそういうちょっとした自意識の違いを、ソーダ水に混ぜて、飲み込んでしまう。夜にぽっかり空いたそ

もっとみる