薄情屋蹂躙録・弐

かの男、とある北の諸藩にて、古くから伝承されし剣術を使い、腕は立つが何かにつけてすぐ何処かへ行ってしまう風来坊のような気質により、郷里を出奔してはや十年と十月が経つ。
江戸の吉原近くの破れ堂にて、投宿していた所、懇意にしておった鴨そば屋の店主、美濃吉の話を聞くところより、物語は始まる。吉原に跋扈する女衒、鶴屋蔦二郎の話を行きずりの遊女と美濃吉より聞き覚え、成敗致すと一肌脱ぐ事になった男、さて、いかに。

2幕.銘刀 油屋一文字

「兄貴ぃ!掴めましたぜ、こりゃあすげぇネタだ」
「うるせぇ玉三郎、密偵がそんなにでけぇ声で話すなや」
かの男、又猿玉三郎と申す。二年前より男の密偵として密かに暗躍しておる。
ちなみに男との出会いは密偵でヘマを打ち、侠客に袋叩きにあっていた所、男が酒に酔い、八つ当たりで侠客共を悉く打ち倒して以降である。
ちなみに玉三郎の由来は、此奴の母が、父の玉袋を舐めているうちに出来た子である故である。下衆にも程がある話だ。ちなみに密偵とは言い状、男の良い小間使い兼舎弟である。
「へい、兄貴、例の鶴屋蔦二郎ですがね、鶴屋一家の目の上のたん瘤みたいなもんで、とっくに勘当されたドラ息子の様なんですよ」
「ほう、では鶴屋一家と態々事を構えんで済む訳だ」
「それが、そうも行かなくて、兄貴、油屋一文字という刀を知っとりますかな?」
「知らぬが」
「江戸に代々続く呉服問屋、油屋の先代、油屋萬次郎貞興が、私財を投じてかの巌流、佐々木小次郎の佩刀、物干し竿を模して作らせた、正統後継たる名刀、それが油屋一文字でやんす。刀身三尺を超える長刀にして、鍔を持たず、秘剣燕返しを使う事で、相手の鍔ごと斬り捨てる、まさに名刀、どうです?兄貴、好きでしょう?」
「欲しい。まさかそれを蔦二郎が帯びておるのか?」
「あ、こりゃあいけねぇ。その本来の油屋から、各種因縁やらなんやらで、鶴屋一家が家宝として預かっていたわけですね。そんで今の頭が大層油屋一文字を愛していたわけですが、蔦二郎一家放逐の際、それを持ち出してしまったのです」
あかんではないか。これでは鶴屋蔦二郎だけではなく背後に潜む鶴屋一家とも一戦交えなくてはならぬ。一人なら斬り捨てるは容易いが、一家となればそうはいかん。面倒くせえ。
「いやぁ、兄貴の言いたい事も分かりやす。なってったって兄弟分ですからねぇ。鶴屋一家と事を構えるのは流石に兄貴と言えど骨だ、そこでだ、講武所の…」
「嫌じゃ」
「おう!お前さんら、儂も一肌脱ぐぞ、何よりここには先祖代々受け継がれた業物、雪花丸がある。蔦二郎の所に夜襲をかけるなら、この美濃吉、馳せ参じてやろうぞ!」
いや、お主には来てほしゅうない。誠に。話が余計ややこしくなる。何より、鴨そばはどうした。頼んでから早一刻が過ぎておる。びろびろじゃ。職務放棄はいかん。まぁとはいえ雪花丸、業物ではあるし、なんかの助けにはなるだろう。
「親父の心はこの刀で持ってってやるよ、だけど親父の手は蕎麦打つ手じゃ、人斬りは任せい」
と言うと、美濃吉、男泣きに泣く。
「くうぅ。男じゃないかお前さんら、おうしわかった!この美濃吉、事が済んだらお前さんらに最高の鴨そば用意してやらぁ!この雪花丸は、お前さんらに託すぜ!」
雪花丸を渡し、ようやく美濃吉は厨房に戻った。えっ!オーダーミス?違うよ親父、事が済んだらじゃねえよ、今作ってくれよ、その為に来たんだから。刀託されに来たんじゃねえんだ。

結果、鴨そばにありつく事はできず、玉三郎と一緒に次から次へと出て来る冷酒を引っ掛けてたら、酔った。
玉三郎の玉袋ぉー!などと叫びながら今宵も野宿である。寒い。

〜続く〜

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