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FRIEDCHICKEN EGOISTIC

足りない。その不足分を補ってこの身を維持する一連の行動に、何か意味を見出すことがあるだろうか。そんな事を考えた。

若鶏の塩レモン唐揚げ、焼売、骨無し鶏のササミ揚げ、肉団子の黒酢だれ、チキンカツ甘酢あんかけ、若鶏の竜田揚げ、秋刀魚の竜田揚げ、甘海老の唐揚げ、カニ玉甘酢あんかけ、合鴨のスモーク、ソーセージアンドポテトフライ。

迷わず僕はカゴに放り込む。欲望というのは、正直に生きさえすればどこまで行ってしまうのだろう。手を止める、その理性が働かない領域で、いつまでも解消できるとしたら。彼等は魅力的だ。いつだって僕に、沢山の選択肢をくれる。本当はその一切がいらない。
僕には切りがない。

カキフライ、カニクリームコロッケ、クリームチーズチキンカツ、揚げだし豆腐、海老の天ぷら、だしまき玉子、スパイシーグリルチキン。

都合の良し悪しで決めた。1年前から一緒に住み始めたリョウとは、そういう関係性だった。リョウはほとんど毎日、違う女と大量の酒を持ち込んで帰ってくる。僕たちは3人でぐずぐずになるまでアルコールを入れて、すっかり夜が白ける時間から、大量の欲望を消費し合った。

欲望を満たされているはずなのに、生命を奪い取られているような心地がした。それはつまみのパッケージのゴミと一緒にコンビニのポリ袋の中に乱雑に入れられた、ティッシュペーパーの中身だけではない。冷たすぎて、体温が奪われているからでは、きっとない。

昨日リョウが連れ込んだ女が別段可愛かったわけでもないし、腹がたるんでいたからでもない。欲望という思考に脳内の血を吸い取られたかのように、思考が出来なくなっているのだ。もっとも、それで思考が止まるかどうかは知らない。

僕は尽き果てた後、女の腹に耳を乗せるのが好きだった。そこには表面上全くわからない内臓が確かに駆動している音がして、不思議な気持ちにいつもなる。

そうして僕は、欲望を使い果たした不足分を補いたくて、いつもカゴ一杯になるまで惣菜を詰め込む。財布の中身を気にしなくていいのは、本当に素晴らしい事だ、そう思う。使うのは欲望だけで、良いのだ。

午後14時、僕は床に買ってきた惣菜を全部並べ、一つ一つ開封し、必要なものにはマヨネーズをかけ、傍らに塩コショウを置いた。リョウも女も、この時間はいない。スーパーの割りばしを割る、失敗して片側が鋭利に尖る。そんなことはきっとどうでもいい。一口目を頬張る。揚げ物の油のにおいと、マヨネーズの味が混ざる。一つ一つ、箸をつける。細かい食感の違いとか、具材の違いはある。けれどもこれらの惣菜は、最後には全く区別がつかなくなる。それでも僕は延々胃袋の中に押し込め続けた。鳩尾の辺りに、鈍い蟠りが出来たような気がしたが、気にしない。味がもう分からなくなったものには、たっぷりの塩コショウとマヨネーズをかけて、味を刺激に変える。

食べきれない分はプラケースにまとめて冷蔵庫にしまった。しまうだけで結局3日以上放置していつも腐らせてしまう。若鳥の塩レモン唐揚げ、焼売、カニクリームコロッケ、竜田揚げ、クリームチーズチキンカツ、その他、半分までは食べきり、空いたビニールのレジ袋に、乱雑にポリケースを詰め込んで縛った。2リットルペットボトルの烏龍茶を飲む、内臓がぎゅるぎゅると音を立て、一斉に稼働し始める。溜まっていた膿が、怒涛の物の奔流に流されて、身体が異常事態を知らせる。

燃費が悪いのだ。僕はそう思う。人間として暴食を愉しむだけの燃費が足りないのだ。僕の細い身体と内臓に収まり切らないぐらいの欲望を入れても、全て抜け落ちてしまう。掬う手が足りないのだ。
僕は抜け落ちる欲望をわが身に定着させる為、15キロのダンベルを両腕に構え、何も考えず動かす。デッドリフト、シュラッグ、アームカール、ロウイング、1レップを終えたところで、細かい所で痙攣のさざ波が立つ。そうだよ、供給しろ。この身体の中に足りなくなった肉を供給しろ。

内臓と表層に異常事態が起き、後頭部からのし上がる鈍痛が思考を鈍らせる。
これだけやっても、僕は自分の中に欲望を定着させられない。リョウは、全然そんなんじゃない。
リョウもそうだし、温泉に行った時に見る、男の身体は、おかしいのだ。女の身体もおかしいのだけど、男の身体は猿に近い。尻は垂れ、太腿は脂肪そのものがまっすぐ伸びる、腰回りには歪んだ肉がまとわりつき、乳には張りがない。そこからどうして暴食、色欲を貪欲に作れるのか、全てが定着しないこの身体では、理解出来ないのだ。

僕はセットを終え、今朝から直していないベッドに仰向けになった。
僕の身体に沿って、白い線を引いて、その中に入っていくものと出ていくものがあって、その都度都度に僕の頭は反応する。スッキリしたり、もやもやしたり、鬱になったり、昂ぶったり、ふわふわしたり、浮かれたり、そんなことをしていくうちに、肌も、内臓も爛れていく。僕が死んで骨になった時、その爛れは跡形もなく燃え尽きる、脂の塊だ。

喧しく扉を閉める音で目が覚めた。
目を開けるとリョウが青ざめた顔で僕の対角線上の部屋の隅にうずくまっている。上半身をのそりと起こす。リョウは震えている。
聞く間も無くリョウは喋ってきた。この前連れ込んだ女の男が、やばい奴で、ここの住所が知られたから、来るかもしれない。
クソ貧しいボキャブラリーの単語を寝ぼけ眼で解読、本心を言えば、どうでも良かった。
僕は冷蔵庫を開けると、2Lの烏龍茶をがぶ飲みし、中にあった惣菜を全部出して、リョウの前に並べた。
「まあ、食えよ」
並べられたプラケースのあまりの数に、リョウは困惑しきり、目を泳がせる。

まあ、食えよ。お前もちょっとは爛れて、人間らしく振る舞えよ。
僕はリョウの安っぽいリュックを玄関から放り出して、無言でリョウの前に立った。

お前だって、消費するだけなんだよ。お前が持ってきた物の中に、些かの躊躇も、感謝もないんだよ。
僕は外に出ようと思った。いかにやばい奴でも、殴られたら殴られたで、やり返せばいいし、リョウの居場所なんか、売ればいい。しょうもない奴だし、報復する奴も馬鹿だとは思うけど、そういうの、けりがつかなきゃならない事も、あるんだろう。

そんな事より、僕は今日の燃料が欲しいのだ。
沢山の油と、目移りするぐらいの、そう、フライドチキンがいいかな。
腹が減って、仕方ないのだ。
こういうくだらない醜態を見て尚、消費に偏ろうとする僕は、きっとくだらない人間なのだろうな。

サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。