Septembers
朝から機嫌が悪いことは知っていた。
授業中、何度も机にシャーペンの芯を押し付けてボキボキ折って。
その間ずうっと黒板だけを見て、一度も目を移さなかったから、無意識でやっているんだろうことは分かったけど、怒りとも憂鬱とも取れないその行為が、彼にとってどういう意味をもたらすのか、私には分からなかった。
窓辺から風が吹いた。カーテンが大きくたわみ、一瞬目の前が真っ白になった。
そんな日には、働かないと思っていた。
私と彼は、学校から2駅隣の、駅前からちょっと歩く、小さなファミレスでバイトをしている。もちろん、言葉は交わすが、それだけの関係。彼は家がこの近くで、私は乗り換えの都合で、私はホールで、彼はコックコートで。店は人もまばらで、そんなに忙しくはない。人は途切れず行き交い、その席で何時間も沈殿する客も多かった。配膳台の小さな隙間から見る彼は、黙々と作業をしていた。いつもと同じ、いつもと同じ。
スタッフルームに入ると、彼が座っていた。教科書を開いて、じっと見る。私は、向かいの席に座り、スマホを出した。何の通知もなかった。諦めて、twitterを開いてみるが、これも、タイムラインの更新が少なく、出てくるツイートは毒にも薬にもならない情報ばかり。
退屈だった。
彼に視線を移す。一枚もページをめくっていないことに気付いた。
「今日、暇だね」
返答はなかった。私はまるで壁に話しかけているような気持になる。
「もうそろそろ、今年も終わるな」
当たり障りのない答え。彼は一体、何を聞いているのだろう。
「早いね、まだ何も考えてないよ」
彼は頬杖をついて、話す。
「きっと、そんな日だったんだろうな。誰も何にも考えてなくて、ただ一年の節目がぼんやりと始まって、いつもの日常が訪れる。忙しくて、何も考えていられないけど、人生とか、これからのこととか、考えなさいって言われて、そんな時に塔が落ちて」
「塔?」
「9.11。もちろんリアルタイムでニュースとか見ていたわけじゃないから、しらないんだけど、それから毎年毎年、悲しみに浸るニュースが流れる」
あと3日後、だった。彼の口からそんな話を聞くのは、初めてだった。
「10月に、ちょっと騒いで、そういう空気がなくなる。そのうち風が冷たくなって、12月、寂しいとか、そういうことをいう人が増えて、1月1日、みんな神様にお参りして、大団円。人はまた家族とか、友達とか、そういう人たちを大事にしようって、改めて感じる」
「毎年、変わり映えしないね」
「きっと9月は雨が降るよ。よく、6月の梅雨時期が雨の季節って言われるけど、その次が9月」
「そうなんだ」
「9月は、多分つかの間の現実。だから誰も愛さない、そんな月に生まれたって、あんまし良い事ない」
「そっか、誕生日か」
「いい、気にしてない。ちょっと話してみたくなっただけ。戻るわ」
彼はそのまま休憩室から出ていった。私はその背中に、聞こえないように、おめでとう、と呟いた。
それでも、誕生日は、おめでとうなのだ。
開けっ放しになっている窓から、外をのぞく。夜は濃く、空気はぬるい。通り過ぎるヘッドライトのスピードは速い。
明日のことを考える。彼の言った通り、紙面だけの予定だけが増えていて、私が本当にしたいことは、そこにない。それでも地続きで時間は流れる。
私はそっと椅子を戻し、窓を閉じた。荷物をまとめ、自分の棚にすぐ戻して、休憩室を出る。
9月のことを思う。誰にとっても、そんな日があるといい。そんなことを考えながら、私は今日を、駆け抜けた。
サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。