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telecasterの外の夢(4)

お疲れ。そう言いながら僕たちは飲み始めた。なんだか社会人みたいだ。もっとも、僕らはこの大衆居酒屋で同じように飲んでいるワイシャツ姿の男性たちとも、Tシャツ短パン姿の外国人達とも、そう年齢は変わらない。そして、一般的に言う、社会人ともそう変わらない。根っこを深く掘り下げれば、僕らに違いなんてない。大衆居酒屋はそういうちょっとした自意識の違いを、ソーダ水に混ぜて、飲み込んでしまう。夜にぽっかり空いたそれらの口は、時間をかけて作ってきた僕らを平等に赤ら顔に染めてしまう。それでいいのだ。バカボンのパパが、そう言っているみたいだ。

直人とこうやって飲むの、久しぶりだな。

店で飲むのは久しぶりだった。僕らは家でずっと飲んだり歌ったりしていたけど、それは誰に見せるものでもなかった。もちろん大衆居酒屋だって、誰かに見せることを目的としているわけじゃないが、こういうところでする話と、家でする話は、やっぱり違う。
僕と拓はよくあるビジネスマンがそうするように、お互いの近況を尋ねあった。拓のバンドとライブの話、僕がウェブで書いてる小説の話、拓の勤めるバルの話、僕の勤める松屋とコールセンターの話。やばい同僚の話。思い出話はしなかった。こういう話をしている時、僕たちは着実に前に進んでいる。そう思えるから、大衆居酒屋の青臭い雰囲気は存在し続けるのだ。

杯を重ね、小さなテーブルが空いたところで、拓は脈絡のないことを話し始めた。

直人、俺今度テレキャスター買おうと思ってるんだ。

正直、面食らった。今か今かと、僕は拓の口から、今の理沙と僕のことが出てくるのかと、待っていた、待ち望んでいた。なのに、拓から出た言葉は意外過ぎた。これすら、近況報告と同列の話だと思い、僕は話を流そうと思った。

何でよ。拓ギターなら沢山持ってるじゃん。四十万ぐらいするレスポールもあるし、十分だろ。そもそもお前、レスポールしか買わなかったじゃん。

いやなんか、良くね?普通にアートやってます、みたいな感じ。正直音質とか、そういうのは今までと違うさ、だけどなんかさ、普通に頑張らないで、気合入れないで、いい歌歌いますみたいな。エモい詩書きますみたいな、あの感じ、実はすっごい憧れてて。

変態だな。それは。お前そんな奴だったっけ?

そうだよ。『君はロックなんか聴かない』ってあるじゃん。あいみょんの。あれ真理だよ。中身は普通の曲だったけど、そのワンフレーズは真理よ。nirvanaとかradioheadとか、まあレッチリとか、あと古いところだとジミヘンとか、ああいうのって今成功したアーティストとかが、こんな曲勉強で聴いてましたよってことで、実際ヘビーリスナーなのはミスチル、あと欅坂とか。俺も実際、そうだし。

いや別に拓がミスチル聴いてたって不思議とも何とも思わないけどさ、テレキャスとなんか関係あるか?

拓はハイボールをぐいっとのみ、続けた。

そこなんだよ。普通っぽさ、っていうか当たり前の青臭さ、きみとか僕とか友情とか言いまくるあの感じ、俺ああいうのに本当に憧れてるんだよ。

知らなかったなんて安易な言葉は吐けない。僕も拓も、人生を歩き切ったあとで訪れる、普通という概念に憧れている。要は、歩き方が違うだけで、求めるゴールは一緒なのだ。それはきっと、同じなのだ。そう考えると、拓の話は腑に落ちた。

僕たちは居酒屋を出て、アメ横を何をするともなく彷徨い、ホテルに戻り、少しだけ飲み、翌朝の上野駅で別れた。
聞きたかったことは、何も聞けなかった。

サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。