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#読書

小説|よみがえるネコ

小説|よみがえるネコ

 その猫は短命で長生きでした。戦火の中で初めて生まれた時、子猫は兵士の腕の中で温かく、そして冷たくなります。子猫を守って兵士が負った傷から血が流れました。血を舐めた猫は、新たな命を得てよみがえります。

 別の地で、別の猫として生を享けながら、あの兵士を守りました。冷たい銃弾から彼をかばいました。兵士の行く手にあった地雷を先に踏みました。疲れ果てた彼が眠る町へ進む大きな戦車の前に立ちはだかりました

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短編「暮れなずむ朝顔列車 if・怪談」

短編「暮れなずむ朝顔列車 if・怪談」

※この短編は「暮れなずむ朝顔列車」のアナザーストーリーです。#眠れない夜に と云うものに相応しい物を描いてみ見ようかなと初めて怪談めいたものを描きました。先出の短編のイメージを保ちたいと思われる御方はお読みになられない方がよろしいかと存じます。あっちはあっち、これはこれと面白がって頂けるのであれば幸いにございます。果たして怪談と呼べるものか分かりませんけれど・・・。先出の短編を未読の御方は、是非と

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小説|かき氷シロップを入道雲に

小説|かき氷シロップを入道雲に

 真夏日。かき氷機を箱から出して、あなたは氷を投入口へと入れました。ハンドルを回せば、氷の削れる涼しい音が響きます。ガラス皿に白く積もるかき氷。山盛りになっても、氷はまだ削りきれていないようです。

 網戸から吹き込む生ぬるい風に汗を流しながら、あなたはハンドルを回しつづけました。二枚目のお皿も、いっぱいになります。あなたは残りの氷の量を見てみようと、かき氷機の蓋を開けました。もう氷は入っていませ

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小説|海月は風鈴の音を聴く

小説|海月は風鈴の音を聴く

 捨てられたのか、流されたのか。風鈴が夏の海のなかを漂っていました。海面から射す光のカーテンに、ガラスの身体が青く輝いています。風鈴は、泣いていました。水のなかでは、もうその音色を響かせられないからです。

 風鈴は海中で、もうひとりの風鈴と出会いました。少なくとも、はじめはそう思ったのです。風鈴ではなく、海月でした。世界中を旅している海月。なぜ泣いているのですか? 海月が風鈴に尋ねます。

 海

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小説|ハードボイルドオニオンズ

小説|ハードボイルドオニオンズ

 タマネギと呼ぶなよ。俺たちは、オニオンズ。とある田舎の町外れにあるレストランの厨房で働いている。ふぞろいでクセのある奴ばかりだが、ひとヤマもふたヤマも越えてきた味わい深い野郎どもさ。

 最近、そんな俺たちが目をつけている奴がいる。新入りの赤毛のコック。料理には力もいるが新入りは女だ。慣れない調理で身体に疲れがたまると、食器を割る。具材を落とす。他のコックとぶつかる。見てられねえ。

 深夜、新

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小説|地獄への履歴書

小説|地獄への履歴書

 天国か、地獄か。行き先は死後に書く履歴書で決まります。誰もが生前の良い行いを書いて天国を志望しました。けれど、彼だけは違います。地獄へ届いた履歴書には、こう書かれていました。

「私が貴獄を志望する理由は、大切な人を殺したからです。誰よりも大事に思っていたのに、その人の苦しみに気づけなかったからです。私が気づいてあげていれば、その人が若くして亡くなることはなかったはずです。

 その人は、今ごろ

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小説|銃を持つほうが右

小説|銃を持つほうが右

 右と左のどちらがどちらか、僕はおばあちゃんから教わりましたが、その覚えかたが変でした。「銃を持つほうが右」だと言うのです。銃? 銃とは何でしょう。きいてみると、おばあちゃんも銃が何かは知らないそうです。

 おばあちゃんも、そのおばあちゃんから、そう教えられたようです。同じ質問をおばあちゃんもしたけれど、そのおばあちゃんも銃を知らなかったといいます。銃のことが気になり、僕は近所のもの知り博士をた

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小説|通学路の歩き方

小説|通学路の歩き方

 どこかの家の夕飯の匂いに包まれながら、あなたは歩いています。今日はカレーかな。考えるともなく考えながら、西日に向かって進んでいました。行く先にある通学路を示す黄色い標識が、光った気がします。

 夕焼けが反射したのかと思ったけれど違いました。標識の中にいたはずの二人の子どもが外に飛び出したのです。兄妹は黄色い光を帯びていました。仲良く手を繋いで、こちらへ歩いてきます。

 少しだけ高いところを歩

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