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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その94


94.   最後のハイタッチ



ちょこちょこと後ろから付いてくる
由紀ちゃんが可愛い。


おかげでいつも通りに新聞を配れない私。
ぎこちない体の動きが自分でもよくわかる。
カクカクとまるでロボットのようなしなやかさ。
各関節にはうっすらとネジの跡が見え隠れする。
隠しきれない心の古傷が私をロボット化する。



自転車すら上手く止められない。
サイドスタンドがうまく出せずに倒れそうになる。
いまさら由紀ちゃんに緊張する気の弱い私。
いつも通りに配れないから余計に疲れる。


でも後ろを振り返って
その原因を見つめると
キョトンとした顔をしている。


そして顔を少し斜めにして
「なあに?」と聞いてくる。


かわいい!


疲れの原因に癒されるという矛盾。
可愛いから疲れるなんておかしい。
私以外の人には普通なのだろうか。


もし可愛くなかったら
緊張も疲れもないのだろうか。


試しにやってみようか。
もし後ろから付いて来ている人が
60歳のじいさんだったらどうだ?
想像してみた。


疲れ切った猫背で
前に居る私のことなど全く見ずに
地面を見つめながら歩くじいさん。
ぽと。
新聞すら重たくて落としてしまう。
拾うのにも時間が掛かる。
あー。
あなたにも新聞は心を開いている。
なんて素敵な新聞配達。
どんな者をも配らせてあげられる新聞達。
愛しの新聞たちよ、永遠に。



おー!
全く疲れないぞ!
やっぱり由紀ちゃんだから疲れるのか。
18歳の女の子だから疲れるのだな。
由紀ちゃんは全く悪くない。
私が勝手に緊張して
勝手に疲れているだけだ。



可愛さは罪だとよく聞くけれど、
この感覚がそうなのだと知る新聞配達になった。
新聞配達は私になんでも教えてくれる。
人生の全てを新聞配達が教えてくれる。
ありがたい。
ずっと側にいて欲しい。



「ちょっと!真田くん!さっきの所、右じゃない?」

「えっ!いや、あっ!そうだった!」


妄想しすぎて別の世界に居た私を
呼び戻してくれた由紀ちゃん。


「右なんだけど、えーっと、なんて言うか、あのね、順路帳通りに行けば右なんだけど、先にまっすぐ行ってから田中さんを配って、それから右曲がって佐藤さんを配った方が早いのよ。」


「あ、わかる!それ。私もそんな場所あるよ。4区で。勝手に自分風に変えてるよ。」


「あ、由紀ちゃんもある?やっぱりー?やんなー!!順路帳通り配ってたら遅くなるよなー?」


「ねえ〜!」



息がピッタリ、気持ちもピッタリ
意見もピッタリ合ったので、
思わず右手を挙げてハイタッチの体勢に入った私。


何も言わなくても
手を合わせるのだということが分かるのが
ハイタッチ。
素晴らしい。
何も言わなくても
手と手が触れ合える素晴らしさ。

私の体勢を見てすかさず
由紀ちゃんも右手をあげて
ハイタッチの準備した。


準備はOKのようだ。
私は由紀ちゃんの右手を目掛けて
自分の右手を振りかぶった。


「パンッ!イェーイ!」


ハイタッチの音が大きくパチンと鳴った。


「痛ったぁ〜ぃ。」


小さい声で由紀ちゃんが言ったが、
すぐに違うことを話し始めた由紀ちゃん。


「あれぇ?順路帳だと次鈴木さんになってるけど、それって、もう新聞入れた?」

「あー!鈴木さんか!えっ?順路帳ってそうなってたっけ?鈴木さんは五十嵐さんの後に坂道をダァ〜っと降りてきた時にまたここの道を通るねん。
その時に一気に止まらずにサッとチャリンコに乗ったままで新聞を三つ折りにしておいてから、素早く入れるねん。まあ、成功の確率は1割かな。破れるの覚悟やで。しゃあない。新聞が先に破れるか手の皮の方が破れるかの生死を賭けた戦いや。これが毎朝の戦いや。」


「なにそれ?ははは!おっかしー!毎朝そんな事してんの?真田くん!ははっ!」


どうやら笑ってくれたようで、ほっとした。
やっとノッテきた。
真田節が利いて来た。


由紀ちゃんと波長が合ってきた。
私が自分をさらけ出し
由紀ちゃんが自分を忘れたとき、
私たちは笑い合う。
チューニングはいつでも微妙で時間がかかるものだ。



そして配達の時間は長引いた。
あと1週間も一緒に配れるのだ。
こんなに楽しいのになんで辞めるのかと思う。
でも辞めるから楽しくなったのだ。



辞めなくてもずっと毎日を楽しく出来たかもしれない。
それはどちらになるかはわからないものだ。
私の気合しだいだな。
でもどちらにせよ時間は一つしかなかった。
私が過ごせる世界はひとつだけ。


「ここに自転車停めて。8部持って中に入るねん。」

「わぁ、フジテレビの中に入るんだね。」

「そうそう。エレベーターに乗ってまずは2階へ。」

「あ!あれ!めざましテレビじゃない?」

「そうそう。毎朝やってるで。」

「すごいねー。真田くんこんなとこ配ってたんだねー。」

「いやぁ〜、それほどでも〜」



自分が褒められたと勘違いした私。
配達は続いた。


次は東京女子医大付属病院だ。
病院の中にも配達に行く不思議。
なぜ表にポストを置いといてくれないのだろうか。


まだ電気の付いていない薄暗い廊下に会話を奪われる。
無言のまま病院の中を歩く私たち。
由紀ちゃんが私にしがみつくことは無かった。


そして病院を出た後は佐久間さんの家だ。
この前の事が脳裏をよぎる。
私はブルっと身震いした。


由紀ちゃんの声が私を元に戻してくれる。


「ねえねえ、ここが毎月23日に集金に来なくちゃ行けない家でしょ。」


由紀ちゃんが順路帳を見ながら言った。


「え?由紀ちゃん知ってんの?」

「うん。なんか優子さんから聞いたことある。豪華な夕飯を食べさせてくれるんだって?あんまりにも真田くんの帰りが遅いから優子さんが迎えに行ったって言ってたけど?」


「うー。ごめんなさいー。ワインが進むんです。」

「なんか大きなウチだね。お金持ちそう。」


ふたりで佐久間さんの家の庭の木を眺めた。
どうやってお金持ちになったのかは絶対に言えなかった。
なんせアブノーマルだから。


もし私が居なくなった後、
由紀ちゃんが集金に来たら佐久間さんは
どうするんだろうか。


女の子には興味がないとか言っていたが
本当だろうか。
檜風呂に一人で入っている由紀ちゃんを想像して
少しだけボッキした。
ますます、ぎこちない私。



佐久間さんの危険さを伝えようか。
お茶は出すだけで手は出さないだろうか。


由紀ちゃんが佐久間さんの家に上がって
お茶を飲んで、
その後シャルマンさんのカレーを食べてる所を想像した。
きっと佐久間さんは私のことを話すだろう。


「あいつは今まで出会った中で一番まともな奴だった。まともすぎた。面白みがない。どうだ。お嬢ちゃんは成功したいんだろう。あんな奴のことなんて完全に忘れるくらい良いモノを見せてやろう。これが本当の成功だ。」


「キャー!!」



想像の中の由紀ちゃんの『キャー!』と同時に
本当の由紀ちゃんも「キャー!」と言っていたので
少しびっくりして振り向いた。


大きな蜘蛛がいただけだった。
佐久間さんでなくて良かった。
ホントに良かった。


人間じゃなくて蜘蛛で良かった。
蜘蛛から逃げるテイで佐久間さんの家を後にした。
自転車を漕ぐ私たち二人。
前に進む私たち二人。
ゴールはいつも前にあるものなんだ。
終わりとは前にあるのだ。
終わりに進んで
自転車を漕ぐ私たち二人。


「あと10部だね。もう終わりだね。」

「うん。早く帰ってご飯食べよーぜ!」

「おー!」

「今日のおかずは何かなー?」

「最近配達遅いから私たち貸切だもんねぇ。」

「サイコーや!」



たのしくて
かわいくて
おいしくて
あたたかくて
しあわせ。


なぜ
なぜ
なぜ私は
こんな生活を捨てて
海外に夢を見るのか。


暖かく私たちを守ってくれていたお店から抜け出しても
こんな無邪気で楽しいままの自分で居られるのだろうか。

無邪気な子供のままでは
居られないのが社会なのだろうか。


そんなこと知ったことか!
私が私につっかかった!
くそったれだ!そんな考え!
私はずっと楽しい自分にしがみついて
みんなを楽しませるのだ!
やってやる!


ちょうど坂道だったので
がむしゃら感が私を演出してくれた。




そしてとうとう
一週間が経った。



今度は私が由紀ちゃんの後ろをついていっている。
由紀ちゃんはもう完璧に道順を覚えている。
もう私は必要なくなった。
いつの間にかゴールのテープを切っていたようだ。
あっけない。



「由紀ちゃん今日で終わりだね。一緒に配るの。」


「え、やだ。そんなこと言わないでよ」


「ご、ごめん」



デリカシーのかけらも持ち合わせていない私。



せまいエレベーターの中でふたりきり。
朝の4時。
きっと誰も乗ってきやしない。



今だ!
ラストチャンス!


抱きしめてキスするなら今だ。


いや、待てよ。
もっとロマンチックな場所が今までに
いくらでもあったじゃないか。
なんでこんな汚くて狭いエレベーターで
決意するんだ私。



私らしいや。
そしていつものように怖気付いた。
心がボソボソと呟く。


(失礼だからやめておこう。そうしよう、そうしよう。)


何事も起こらないことが分かって
心と体がホッとした。


でも頭とおちんちんだけは
まだ興奮していた。


配達完了まであと30分。


ああ、本当に最後の新聞配達が終わってしまう。
勇気のかけらも持ち合わせていなかった私。
妄想する頭の中だけが私のすべてだった。

そして自転車のカゴの中の新聞が無くなった。
終わったのだ。
私はまだ此の期に及んでもおどけて演じる。


「完了〜!イエーイ!」


右手を挙げた。
由紀ちゃんも反射的に右手を挙げた。


私はその由紀ちゃんの手をめがけて
ハイタッチしようとした。



「イェーイ!由紀ちゃん!ラスト・ハイタッチだ〜!」



スカッ!


由紀ちゃんがよけた!



「あ、あらっ?」


私はこけそうになりながら言った。
由紀ちゃんが腰に両手を置いて叫んだ。



「まだ続きがあるからハイタッチしないもん!!」


「ん?つづき?」


「うん。そう。つづき。」


「真田くんと一緒に配達、めっちゃ楽しかったけど、もう一緒に配達しないかもしれないけど、やりきったけど、、、でも、でも、ハイタッチしないもん!!また会えるもん!!」



「ううっ!」


ダメだ。
いきなり目から家を出る時に
差してきた目薬が戻ってきた。
込み上げてくる目薬。
私は自分の顔を見られないように
背中を向けた。



「わたしカナダ遊びに行くからさ!その時さ!会ったらハイタッチしよう!ね!」


くぅ〜。
なんで辞めるんだ私。
ここで暮らしながら
カナダにも行く方法を考えるべきだったのだ!



「さなだくん。元気でね。お手紙ちょうだいね。ぜったいだよ・・・」



由紀ちゃんがそう言うと自転車を動かす音が聞こえた。



カチャーン。
漕ぎ出す音。
チェーンの音。
タイヤの音。
シャーシャー。

横目でチラリと自転車の方を見た。
やはり由紀ちゃんは自転車に乗って
先に行ってしまった!



私は明日ココを出る。
東京を出発して大阪に帰る。
もうお店に出るのは今日で最後だ。


私は由紀ちゃんを追いかけなかった。
お店に帰る時間を稼ぐために
すぐそこの自動販売機でコーヒーを買った。


なんて奴だ。
こんな別れかた。
フランスの小説みたいじゃないか。
尻切れトンボ達が夕暮れの空を舞う。


一行も読んだことないフランスの小説。
大阪に帰ったら買って読むとしようか。



1時間も公園で過ごしてから
お店に戻った。



すっかり暗いお店。
食堂に残った一人分のおかず。
優子さんも居なかった。



さよならみんな。



私を楽しませてくれて
ありがとう。



助けてくれてありがとう。




〜つづく〜

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