オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その14

14.   みんなの出身地

夕刊の時間に珍しく所長がお店にいた。
「今週の土曜日に新人のみんなに説明会を開くから
昼の13時にお店に来るように。」と言う。

そしてその土曜日。

今年の新人7名が
昼下がりの電気の消えた薄暗いお店に集まった。
男子が4名。女子が3名。

所長が姿を現した。
ちゃんとしたシャツとベストを来ている。

「みんな集まったか。では中に入って。
えー、今日は玄関から入ろうか。」

そう言うと、普段はお店の中から入るのに
その扉は閉めて、みんなで自転車置き場から
お店の外に出た。
タバコを売っている窓口の横の来客用の正式な玄関から
もう一度お店に入った。
なんやら重々しい行事だ。

ぞろぞろと8人は一列に並んで歩いた。
お店から出て、お店に入った形になった。
私はいったい何をしているんだろうと思い
少しニヤけた。

通りすがりの人がジロジロとこちらを見てくる。

初めて来た日に通された応接間に
みんなで入った。

立派な皮のソファーはそのままだった。
全員座れた。
そしてテーブルの上には人数分の
缶コーヒーが置いてあった。

所長が言った。

「まずはビデオを見てもらいます。
新聞奨学生とは何なのかというビデオです。
新聞販売店での仕事について分かります。
えー、それから、
契約書を確認してもらいサインをしてもらいます。
集金という業務をするかしないかでお給料が変わってきますからぁ、
ビデオを見終わった後に決めてください。
では流します。」

この初日にやるべきだったオリエンテーションが
今始まった。

女の子たちは小声でおしゃべりしている。
集金をするかしないか相談しているのだ。

ようやく全貌が明らかになった。
新聞奨学生の仕組みと
このお店の仕組みについて。

私が払うべき学費はもうすでに
新聞店が1年間分は払い済み。

それを労働で返していくわけだが、
返す以上にもらえる分がある。

毎月のお給料である！

つまり、
お給料から学費・住居費・食費・光熱費。
それらを引かれても
まだもらえる分があるという見方も出来る。

素晴らしい！
一体いくらもらえるのだろう。
いつもらえるのだろう。
早く欲しい。今欲しい。先に欲しい。

学校に行けて個室の住む部屋があり、
ご飯も食べさせてもらえて、
歯を磨いてうんこも流せる（光熱費の水道代の部分に相当）うえに、
ビールを飲んだりお菓子を食べたり
本を買ったり楽器を買ったり
どこかに遊びに行ったりするお金まで
もらえるという事である！

最高だ。
まるで所長からお小遣いがもらえるような感覚だ。
私は親元から離れて間もない子供の感覚で喜んだ。
雨の日も風の日も槍の日も新聞配達をすることを忘れて。

お給料という名のお小遣いの体系は2つ。
集金をしたら9万円のコースと
集金をしなかったら7万円のコースだ。
選べる2つのコース。

2万円の差がある。

新聞の配達業務は必須だが
新聞代の集金業務を
するかしないかは選べるのか。

女の子たちは悩んでいた。
悩んでないのかもしれない。
おしゃべりをしたくて
悩んでいるかのようにしていたのかもしれない。
私は悩まなかった。

9万円に決まっている。
もう何に使うかに想いを巡らせていた。

（まずは部屋を充実させよう。
テーブルを買おう。
コタツがいい。
テレビとテレビ台も買おう。
本棚も。
先に絨毯を敷かなければ。
カーテンとともに緑色にしよう。

漫画も全巻揃えよう。
お茶が好きなので急須と湯飲みを。
お湯を沸かすポットもだ。
ギターも新しいのが買えるぞ。
冷蔵庫もいるかな。
手元にいつでもキンキンのビールだぜ！）

9万円もあれば
1ヶ月で全部買えてしまうだろう。
ウハウハだ。

さらに次の9万円の使い道も
考えておかなければならない。
次の次も。

貯めるという選択肢は全く
思いつかなかった。

ビデオが流れている。
新聞販売店とはなんぞやと言う
見本のような人たちがテレビに写っている。
服も自転車もピカピカだ。

テーブルの上の缶コーヒーに目を遣った。
まだ誰も手を出していない。
出さないつもりか。
気になってしかたない。

所長もなかなか勧めてこない。

ここは私の出番だ。
留年した私は20歳。
みんなはまだ18歳。
ここは人生の先輩として
先陣を切ろう。

私はみんなが気付くように
ゆっくりと手を伸ばして
缶コーヒーを手に取った。
ブルー・マウンテンだ。

ちょうどビデオが静かになったタイミングで
部屋にパカーンという
プルタブを空ける音が響き渡る。

そして飲もうとしたその瞬間、
竹内が2番手を名乗り出た。
沈黙の名乗りを上げたようだ。

私は一口目のコーヒーを喉に通しながら
竹内がブルマンを手に取っているのを
左目の視野の中に確認した。

他のみんなも続き始めた。

そうか。
みんな飲みたかったんだな。
誰も飲んでないから
飲まずにいたんだな。

私はこのメンバーの為に
切り込み隊長になる決心をした。

まだ竹内は私のすぐ後ろをついてきているようだ。

私が悩む事なく9万円のコースに丸をすると
彼もした。
坂井は悩みに悩んだ結果7万円のコースへ。

女の子たちも3人とも9万円のコースを選んでいた。
いつの時代も女性の方が強いのだ。

さて、もう一人男が居る。
影が薄いのを通り越して
自分の気を完全に消している。
もちろん顔は真っ白だ。
全く心がここに無いと言っていい。
私は不躾ぶしつけにも彼の用紙を覗き見た。
彼は7万円のコースに薄く小さく丸をしていた。
学業に専念したいそうだ。

ビデオが終わり
所長が電気を付けて
書類を回収しながら言った。

「お給料からちゃんと銭湯代と
交通費を自分で取っておくんだよ。
全部使い切ったからって借りに来ちゃダメだからね。
どうしても必要なら相談しにおいで。
では夕刊までまだ時間があるけどこれで終わります。」

私だけ拍手した。

オリエンテーションが終わり
正式な玄関から作業場の方へ
みんなで移動した。

もうすぐ夕刊が来るので
このままお店で夕刊を待つことにした。

誰も自分の部屋に戻ろうとしなかった。
ちょうど新人全員が集まっている。
これはチャンスだ！
気になっていたことが聞ける。

私はみんなに向かって聞いた。
どこから来たのか。そして
どんな学校に通っているのかを。

気を消す男は四年制の大学生で北海道出身。
隣人の坂井はヴィジュアル系のボーカル志望で
私とは別の音楽学校に通う青森出身。
竹内は建築士の学校に通う茨城出身。
長い。長すぎる！
男どもに時間を割きすぎてしまった！

さて女の子たちの話を聞こうか。
長くなりそうだ。

心に余裕が出てきたので
みんなの顔を見渡してみた。

みんな作業台の上に座っている。

女の子達3人は仲良く並んで座っていた。
男どもはいつもの自分の担当区域の場所に
それぞれ座っていた。
竹内だけ立っている。お似合いだった。

聞きづらいが
ここは先ほどのコーヒーの先駆者となった気持ちを
思い出して私は女の子3人に向かって聞いてみた。

「えーっと、女子の3人は、どこの出身なん？」

何の迷いもなく素の自分の言葉で話した。
なぜかもうすでに笑ってくれている。
いや、存在を笑われている。

3人の中で一番手前に居る
一番私に近い場所に座っていた子が
聞いてきた。

「えーと、真田くんだったよね。真田くんは大阪なん？」

おっと！そうだった。
私は自分のことを話すのを忘れていた。
ん？待てよ。
今この子、関西なまりだったような・・・

「あら？関西弁な感じがするけど？」

「えっ、わたし？私は宮崎出身です！」

「宮崎！あー、九州の！なるほど・・・宮崎から来て・・
遠くて・・・えーっと・・・ごめん、名前が出てこない・・・」

「あー、私は本城由紀ほんじょうゆき。
それから、この子が千尋ちゃんで
この子が麻里ちゃん。」

由紀ちゃんが代表して女の子全員の名前を
教えてくれた。

私はもっと質問した。
「千尋ちゃんと麻里ちゃんは出身はどこなん？」

「えーっと、・・・どこだったっけ？」

由紀ちゃんが答えようとしてくれていたけど
出身地までは覚えていないようだ。

「私は新潟。」
「私は福島。」

二人は恥ずかしそうにニコニコ照れ笑いしながら
二人でチラチラ目を合わせながら答えた。手短かに。

しかし二人は仲が良かった。双子の姉妹のようだ。
ずっと一緒に居て、ピッタリくっ付いている。
また良い質問が出来た。

「二人は仲良いね。元々友達？幼馴染か？姉妹？双子？恋人？」

二人は声を出して笑いながら
「ちがうちがう」と言った。

「こっち来てからだよね。同じ日に来て寂しかったから
そのまま同じ部屋に2人で住んでるんだよね。凄いよね。」

またまた由紀ちゃんが説明してくれた。

「え？！！
2人で1つの部屋！狭くない？！」

ぬおっと！
当然、私の真後ろに居た竹内が大きな甲高い声で
叫んだのでビックリしてしまった。

他の男どもの存在をすっかり忘れていた。
由紀ちゃんが私と竹内と坂井に質問してきた。

「あ、でも3人って同じ所に住んでるんだよね？」

まず私が答えた。

「そうそう、3人でお寺で修行中。」

竹内が私を無視して話し始めた。

「同じって言っても部屋は別々だよ。」

「そうか！その手があったか！」

急に名案を思い付いて叫んだ私。

「俺の部屋をリビングにして、坂井の部屋を練習スタジオにして、竹内の部屋を寝室にして、3人で寝るというのはどうだろうか？」

「はっはっは！なにそれ！3人仲いいやん！」
由紀ちゃんが言った。

「いや、勘弁してくれよー」
坂井がやっとしゃべった。
かっこいい顔で爽やかに笑っている。

竹内が続いた。

「やだよ絶対！それだったら実家に帰ったほうがマシだよ！」

「へんなのー！」
「へんなのー！」

麻里ちゃんと千尋ちゃんも
二人で顔を見合わせて笑っていた。

良い雰囲気になった。
嫌な奴が一人も居ない。

東日本が5名に西日本が2名。

大阪の私は宮崎の女の子の
ちょっとだけ関西寄りのイントネーションに
なじみを覚えて、その子とばかり会話をしてしまう。

向こうも話すのが好きそうだった。

外から足音が聞こえた。
他の先輩がお店に入って来た。
もう夕刊が来る時間だ。

（何だこいつら？急に仲良くなりやがって）
的な視線と空気を感じたので
みんなの会話が止まった。

沈黙で夕刊を待つ。

トラックの錆びついたブレーキの音が聞こえてきた。
夕刊が来た。
夕刊をトラックに取りに行きながら
私は誰に言うでもなく小さい声で言った。

「早く配り終えて、ごはん食べよう。」

7人全員うなずいていた。

まだまだ寂しさが心の中に残っていた
新入りの私達。
一人での配達の唯一の心の支えは
優子さんの食事であることは
みんなも同じだった。

でももっと楽しいことが起こるかも
しれない期待も持ち始めた。

〜つづく〜