価値創造の新視点:『オマケ』に潜む価値を見出す
ビジネスの世界では、常に新たな価値を創造することが求められています。しかし、その価値は必ずしも遠くにあるわけではありません。むしろ、私たちの目の前に存在しているにもかかわらず、認識されていないだけかもしれません。本稿では、人類史の観点から、価値創造の新たな視点を探ります。
古代の認識:焦点化された視点
赤瀬川原平氏(1937-2014)は、著書『四角形の歴史』(ちくま文庫)で、古代の洞窟壁画には動物は描かれていても周囲の風景は描かれていないことをもとに、古代の人々の視点について考察しています。当時の人々は、獲物や敵といった特定の対象にのみ注目し、それ以外の要素は意識していなかったということです。この焦点化された視点は、生存に直結する要素にのみ価値を見出していた証左と言えます。
ルネサンス期の変革:フレームがもたらした新たな視点
時代が進み、絵画に四角いフレームが導入されたことで、アーティストたちの認識に大きな変化が生じたと、赤瀬川氏は指摘します。例えば、ダ・ヴィンチの《モナリザ》では、人物の背後に風景が描かれています。フレームの存在により、画面全体を観察する必要が生じ、それまで意識されていなかった「風景」という概念が生まれたのです。実際、「風景」という意味の言葉が使われるようになったのは、15世紀から16世紀にかけてでした。
「オマケ」から主役へ:風景画の誕生
ルネサンス期、絵画に風景が描かれるようになったものの、人物や建物を描く際の「オマケ」的存在でした。しかし、アーティストたちが丹念に観察を続けるうちに、風景そのものの魅力に気づく者が現れました。やがて、風景が主題として描かれた「風景画」というジャンルが確立されるに至ります。これは、「オマケ」と思われていた要素が、新たな価値の源泉となり得ることを示しています。
風景は太古の昔から人々の前に広がっていました。しかし、認識されなければ存在しないのと同じ、認識されることで初めて「価値あるもの」として扱われるようになります。
現代における新たな観察:路上観察学の試み
1986年、赤瀬川氏は「路上観察学会」を立ち上げました。これは、通常は見過ごされている都市の建築、看板、トマソン物件(無用の長物的建築物)などを観察・収集する活動です。例えば、階段を上っても入り口がなく、そのまま降りてくるしかない無用の階段などが「トマソン物件」として注目されました。このような物件をわざわざ作る人はいません。なんらか偶発的なことがあって生じるものです。赤瀬川氏はこのような物件を次々に見出し発表してきました。
鑑賞者の力:価値を見出す能力の重要性
風景画やトマソン物件の例が示すように、対象物の価値は、それを認識し評価する鑑賞者の能力に大きく依存します。誰かが発見し、価値を見出さない限り、それらは「存在しない」も同然です。このことは、価値創造における人間の認識と解釈の重要性を強調しています。
現代社会では、スマートフォンやインターネットの普及により、情報へのアクセスが容易になった一方で、表面的な理解にとどまりがちです。検索やAIに頼ることで、自分の関心のある部分だけに注目し、周辺の文脈を見落としてしまう危険性があります。アートの歴史が教えてくれるのは、丹念な観察と多角的な視点の重要性です。
新たな価値創造に向けて
風景画やトマソンに価値を見出す事例は、ビジネスにおける価値創造にも大きな示唆を与えてくれます。
フレームワークの重要性:適切なフレームワークを用いることで、これまで見過ごしていた要素に気づき、新たな価値を見出す可能性があります。
「オマケ」の中の価値:自分の意識外にあるもの(オマケ)が、将来的に主要な価値の源泉となる可能性があります。普段は気に留めていない事象の中に潜在的な価値を見出すことが、イノベーションにつながります。
観察と洞察の重要性:「路上観察学」的なアプローチを取り入れ、日常の中に隠れている価値を発見する努力が必要です。
赤瀬川氏の指摘は、私たちの周りには常に未発見の価値が存在しているということです。それらを発見し、育て、新たなビジネスチャンスへと発展させる。そんな挑戦的な姿勢がこれからのビジネスには不可欠です。丹念な観察と多角的な視点で、普段意識していない事象の中に、新たな価値を見出すことに挑戦していきましょう。
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