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書評

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#批評

『阿修羅ガール』感想/そしてゼロ年代とは何か

『阿修羅ガール』感想/そしてゼロ年代とは何か

 本作は、ゼロ年代を「批評する小説」だ。ゆえにまずは、ゼロ年代、そしてその前触れとなった90年代後半から話を始める必要がある。

 90年代後期からゼロ年代にかけて生み出されていた作品に、一つ「自我の問題」という共通項を見出すことができるだろう。『エヴァンゲリオン』『攻殻機動隊』『PERFECT BLUE』『妄想代理人』、そしていわゆる「セカイ系」にもいえることだ。

 ところで、セカイ系とは何な

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『檸檬先生』(珠川こおり)感想

『檸檬先生』(珠川こおり)感想

主人公の物語は極めて陳腐。が、その裏側でひっそりと進行し、終盤突如として表舞台に出現し破局へと至る「檸檬先生」の物語は、素晴らしい。表層にはつまらないが、深層には傑作という、きわめて危ういバランスの上に成り立った良作。

思うに「自我」の確立、あるいはその主張こそが、作品全体としての主題だろう。読み始めてすぐに感じたのは、「少年」の自己主張の希薄さからくる退屈であった。終盤に近付くにつれてそれは徐

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『タコピーの原罪』感想

『タコピーの原罪』感想

 何よりもまず目を引くのは、タコピーと久世しずか(及びその周辺人物)との対比だろう。理想的な道徳観念、つまり綺麗事に生きるタコピーは、「現実の厳しさ」に直面する。ここでいう道徳観念は、宗教的理念と言い換えても構わない。
 古代において人間は、一方的に与えられる神からの教え(宗教的理念)を至上のものとして受け入れた。作中冒頭におけるタコピーの顕現は、つまるところその再演に他ならない。タコピーの故郷で

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「老人と海」感想

「老人と海」感想

 若かりし頃、優秀な漁師であったらしい老人は、その日、沖へと出かけていく。「一匹も釣れない日が、既に八十四日も続いていた。最初の四十日は少年と一緒だった。しかし、獲物のないままに四十日が過ぎると、少年に両親が告げた。あの老人はもう完全に『サラオ』なんだよ、と。サラオとは、すっかり運に見放されたということだ」。そういうわけで、彼はただ一人だった。
 物語の大半を占めるのは、巨大な魚と老人との戦いであ

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「ヴィンダウス・エンジン」(十三不塔)感想

「ヴィンダウス・エンジン」(十三不塔)感想

止まっているもの全て見えなくなるという「ヴィンダウス症」。唯一の寛解者であった主人公キム・テフンは、成都の都市管理AIに組み込まれ、「ヴィンダウス・エンジン」の歯車となる——。中国を舞台に描かれる、清と濁の共存する近未来都市は、どこかエロティックな印象をもたらした。個人が超常的な力を得ることへの憧憬を刺激し、上質なエンタテインメントを提供する。

そんな本作に見受けられる構造として、ある種の対比、

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ブンゲイファイトクラブ批評 グループC

ブンゲイファイトクラブ批評 グループC

★点数★

「おつきみ」 3点
「神様」   5点 →勝者
「空華の日」 2点
「叫び声」  4点
「聡子の帰国」2点

★総評★

六枚という短さで、人間の感情を表現するというのはなかなかに難しいことだと思う。作中に描く場面を大きく広げ、個々の人間が薄まっているような印象を受けた。私は物語を大きく分けるものの一つとして、「人間」と「それ以外」を考える(単純な二元論にはならないが、便宜上)。読後感

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ブンゲイファイトクラブ一回戦Bグループ感想

ブンゲイファイトクラブ一回戦Bグループ感想

・「今すぐ食べられたい」中原佳

食べられたい牛と食べたくない人間の倒錯した悲劇。世界に平和をもたらすだろうその美味と、(観光客がおらず沐浴する人もなくただ死体を焼いている)戦争に近い状態だろう人間界とが、対比される。誰も牛に手を出さず、ガンジスに流してしまうという結末からは、ある種のメッセージを読み取ることができるだろう。寓話だろうか。

・「液体金属の背景 Chapter1」六〇五

組織に腐

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ブンゲイファイトクラブ一回戦Aグループ感想

ブンゲイファイトクラブ一回戦Aグループ感想

・「青紙」竹花一乃

死へ赴くことを強要される「赤紙」とは対照的な、自ら生を選択する「青紙」の物語。非常に風刺的であると同時に、「自由」への批判が読み取れる。選択は幸福をもたらさず、そもそもハリボテに過ぎなかった。

・「浅田と下田」阿部2

男湯に入る女生徒浅田、家族の元から逃走する浅田の父親。「規範からの脱出」が描かれ、しかし彼らは、帰ることを強制される。脱出することを望まず、母親が嫌な顔をし

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吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」 感想

吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」 感想

キラスタ教の支部長と、支部長の家に招かれた野球帽の男(浮浪者)を中心に、物語は進行していく。冒頭被害者であった野球帽が、結末加害者になるという、対照的な構造に包まれ、そこには、宗教という眼鏡を通した、多くの「逆転」が見出せた。

キラスタ教の教義の中に、「カカリュード」と「泥溜り」という概念がある。野球帽は他人に世話をしてもらう「カカリュード」そのものであり、他人の世話に依存して、罪の状態「泥溜り

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安部公房「燃えつきた地図」感想

安部公房「燃えつきた地図」感想

 都会——閉ざされた無限。けっして
迷うことのない迷路。すべての区画に、
そっくり同じ番地がふられた、君だけ
の地図。
 だから君は、道を見失っても、迷う
ことは出来ないのだ。
(安部公房「燃えつきた地図」)

   ※

 興信所の調査員が、失踪した男を追い始めるところから物語は始まる。依頼人であるアルコール中毒の女性、怪しげな組織に所属するその弟、失踪人の元同僚に、喫茶店「つばき」の関係者たち

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第一回かぐやSFコンテスト最終候補作感想

第一回かぐやSFコンテスト最終候補作感想

候補作品は以下のサイトで公開されている。

①「Eat Me」

現実に居場所を失って、図書館に魂を、社会に肉体を捧げる、主人公。成長する学校図書館に就職する者たちは、例外なく「マザー」の内部に吸収されて、今度は吸収する側に回るだろう。繰り返される永遠。図書館という名の永久機関。強制と支配の社会(物質世界)から、逃れるための図書館(精神世界)の姿が垣間見える一方で、社会に居場所をなくした人間は、社

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「なめらかな世界と、その敵」感想————「時代」と「共存」

「なめらかな世界と、その敵」感想————「時代」と「共存」

2020年という大きな区切り、一つの時代の転換点が、目の前にある。本作には、まさにその「転換」と、「それ以前」を象徴するエッセンスが見られる。そしてしつこいくらいに追求されているのが、対立するものの「共存」。興味深いのは、作者は作中、あらゆる「転換」あるいは「幕開け」において、そこに少なからず希望を見出していることだ。各短編は全く別個に書かれたモノであり、こうした視点で読むことに疑いを持つことは避

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「星か獣になる季節」(最果タヒ)  感想

「星か獣になる季節」(最果タヒ)  感想

「ぼく」の視点で描かれる、青春の夏。殺人の容疑をかけられたアイドルを救うため、信じがたい行動に出る森下を、じっと近くで眺めている。明らかに異常な彼らの夏に、何故か共感できてしまうのは、丁寧な筆致は勿論のこと、そこに描かれる青春の姿が、現実のそれをあまりに美しく切り取っているからに他ならない。

誰もが正しさと誤りを持ち、時にそれは両立する。誰かが悪になれば、その行いは全て悪行と解釈されるし、どんな

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「青少年のための小説入門」感想───物語の力

「青少年のための小説入門」感想───物語の力

 この小説のストーリーを一言で言い表すならば、「才がもう一つの才に着火し、やがて自身は燃え尽きる」話だ。ディスレクシアという病気によって読み書きができない、けれど卓越した記憶力と発想力を持つ田口と、平凡な学生入江が出会うことから、物語は始まる。

 読み書きができない田口は、作家を志していた。だが、彼は小説を読むことができない。文字を読もうとすると、それがどうしても「鼻くそ」のように見えてしまうの

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