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「青少年のための小説入門」感想───物語の力

 この小説のストーリーを一言で言い表すならば、「才がもう一つの才に着火し、やがて自身は燃え尽きる」話だ。ディスレクシアという病気によって読み書きができない、けれど卓越した記憶力と発想力を持つ田口と、平凡な学生入江が出会うことから、物語は始まる。

 読み書きができない田口は、作家を志していた。だが、彼は小説を読むことができない。文字を読もうとすると、それがどうしても「鼻くそ」のように見えてしまうのだ。●●●●●●……と、こんな調子に。そこで、田口は入江に読み聞かせをさせる。図書館司書の適切な選書に従い、二人は文学の世界にのめり込んでいく……。

 この場面は、「物語が伝染する」ことを象徴している。二人は本を読み、その作品を換骨奪胎した小説をいくつも書き上げる。無論、初めからうまくいくはずもない。つまらない、つまらない、つまらない……と、失敗(個人的には失敗という表現は嫌いだが)を重ねるうち、やがて傑作と言える一本が仕上がる。そうした中で、物語群は二人そして(メタ的な意味での)物語に多大なる影響を与えていく……。

 二人がデビューを果たして後、物語終盤で、寺田という名の評論家が、こんなことを言う。「この世界を支配しているのは力だ」「小説には、なんの力もない」。だが、果たしてそうだろうか? 主人公は、その考えに反発する。

「小説は無力だって言ってたけど、そんなことないよね」

 やがて、田口は暴力事件がきっかけとなって次々と余罪が明らかになり、破滅。
 その後二年の時が流れ、再会した二人はこんな言葉を交わした。

「おれは逃げちまったんだ」
「なにから」
「小説から」

 その言葉を聞いた入江は、田口が「らしくない」暴力を振るい、破滅への道を歩み始めたことを、「小説の底知れなさに畏怖の念を抱き」、恐れを抱いた自分を許せなくなったのではないかと推測している。

 作家を志し、デビューが決まるまでの肯定感に満ちた物語が一変し、作家となった二人が小説によって苦しめられる、対比構造。そこには、小説の持つ力が単純な「力」でしかないことが表現されているのではないか。善でも悪でもない、ただ純粋な力。御し難い、強い力……。

 小説は、人間の一生をも左右する力を持っている。そのことを、作者は描こうとしている。その力は必ずしも良い方向に働くとは限らないし、時に恐ろしい結果を招く。

「言葉は時に人を救い、時に傷つける」とは、一体誰の格言だったろうか。

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