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記事一覧

「逃走」するポストモダン

「逃走」するポストモダン

 第一章 「逃走」を肯定する

 近年、漫画やアニメ、小説といったコンテンツ、そしてある種の社会的情勢において、「逃げる」ということが非常に大きな主題となっていることは疑いない。その対象は、時に学校であり、会社であり、そして現実そのものであったりするだろう。
 職場からの「逃走」に目を向けてみる。2010年代に始まったとされる退職代行サービスは、メディアに取り上げられるほど、広く知られることとなっ

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『阿修羅ガール』感想/そしてゼロ年代とは何か

『阿修羅ガール』感想/そしてゼロ年代とは何か

 本作は、ゼロ年代を「批評する小説」だ。ゆえにまずは、ゼロ年代、そしてその前触れとなった90年代後半から話を始める必要がある。

 90年代後期からゼロ年代にかけて生み出されていた作品に、一つ「自我の問題」という共通項を見出すことができるだろう。『エヴァンゲリオン』『攻殻機動隊』『PERFECT BLUE』『妄想代理人』、そしていわゆる「セカイ系」にもいえることだ。

 ところで、セカイ系とは何な

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『檸檬先生』(珠川こおり)感想

『檸檬先生』(珠川こおり)感想

主人公の物語は極めて陳腐。が、その裏側でひっそりと進行し、終盤突如として表舞台に出現し破局へと至る「檸檬先生」の物語は、素晴らしい。表層にはつまらないが、深層には傑作という、きわめて危ういバランスの上に成り立った良作。

思うに「自我」の確立、あるいはその主張こそが、作品全体としての主題だろう。読み始めてすぐに感じたのは、「少年」の自己主張の希薄さからくる退屈であった。終盤に近付くにつれてそれは徐

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『タコピーの原罪』感想

『タコピーの原罪』感想

 何よりもまず目を引くのは、タコピーと久世しずか(及びその周辺人物)との対比だろう。理想的な道徳観念、つまり綺麗事に生きるタコピーは、「現実の厳しさ」に直面する。ここでいう道徳観念は、宗教的理念と言い換えても構わない。
 古代において人間は、一方的に与えられる神からの教え(宗教的理念)を至上のものとして受け入れた。作中冒頭におけるタコピーの顕現は、つまるところその再演に他ならない。タコピーの故郷で

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『メタバース進化論』感想

『メタバース進化論』感想

 メタバースは、近年にわかに注目を集めるフロンティアの名称である。本書は、その原住民自身による入門書。自らの体験と統計を基に記されるメタバースの現状や、経済や哲学の観点から描かれる展望に、好奇心をくすぐられる。
 わたしはふと、希望に満ちたその筆致から、小学生の頃に読んだ『あたらしい憲法のはなし』を連想した。戦後日本で、平和や民主の素晴らしさをうたった官給本だ。『メタバース進化論』も、新しい時代の

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「ユア・フォルマ」感想

「ユア・フォルマ」感想

 人間の記憶へ接続し、捜査を行う電索官エチカ。しかし、それはただ一人で能力を発揮できるものではない。記憶から引き上げる補助官(それも能力のみあった者)の存在が、必要不可欠なのである。天才といわれる彼女に対し、あてがわれたのは高性能のアンドロイド。前例のない相方ともに、彼女はとある事件の捜査に当たる——。

 本作を読み終えてまず浮かぶのは、「面白い」というごく単純な感想である。ストーリーの作り方に

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冬乃くじ「国破れて在りしもの」感想

冬乃くじ「国破れて在りしもの」感想

「ありし」という表現から分かる通り、杜甫が現在を描いたのに対し、本作は過去を描いている。独裁的な市長によって、時を遡っていく一つの町……。だがこれは、「逆行」というよりも「変化」と捉えるべきかもわからない。終盤で、「冬にセミが鳴いた」からだ。
 物事は本質へと帰着する。瞬間的な情報は、集合し映像へと昇華して、編集により回帰する。人は無に、世界は自然に落ち着くだろう。それこそ、「春望」が冒頭の文で描

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「老人と海」感想

「老人と海」感想

 若かりし頃、優秀な漁師であったらしい老人は、その日、沖へと出かけていく。「一匹も釣れない日が、既に八十四日も続いていた。最初の四十日は少年と一緒だった。しかし、獲物のないままに四十日が過ぎると、少年に両親が告げた。あの老人はもう完全に『サラオ』なんだよ、と。サラオとは、すっかり運に見放されたということだ」。そういうわけで、彼はただ一人だった。
 物語の大半を占めるのは、巨大な魚と老人との戦いであ

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「ヴィンダウス・エンジン」(十三不塔)感想

「ヴィンダウス・エンジン」(十三不塔)感想

止まっているもの全て見えなくなるという「ヴィンダウス症」。唯一の寛解者であった主人公キム・テフンは、成都の都市管理AIに組み込まれ、「ヴィンダウス・エンジン」の歯車となる——。中国を舞台に描かれる、清と濁の共存する近未来都市は、どこかエロティックな印象をもたらした。個人が超常的な力を得ることへの憧憬を刺激し、上質なエンタテインメントを提供する。

そんな本作に見受けられる構造として、ある種の対比、

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ブンゲイファイトクラブ批評 グループC

ブンゲイファイトクラブ批評 グループC

★点数★

「おつきみ」 3点
「神様」   5点 →勝者
「空華の日」 2点
「叫び声」  4点
「聡子の帰国」2点

★総評★

六枚という短さで、人間の感情を表現するというのはなかなかに難しいことだと思う。作中に描く場面を大きく広げ、個々の人間が薄まっているような印象を受けた。私は物語を大きく分けるものの一つとして、「人間」と「それ以外」を考える(単純な二元論にはならないが、便宜上)。読後感

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ブンゲイファイトクラブ一回戦Bグループ感想

ブンゲイファイトクラブ一回戦Bグループ感想

・「今すぐ食べられたい」中原佳

食べられたい牛と食べたくない人間の倒錯した悲劇。世界に平和をもたらすだろうその美味と、(観光客がおらず沐浴する人もなくただ死体を焼いている)戦争に近い状態だろう人間界とが、対比される。誰も牛に手を出さず、ガンジスに流してしまうという結末からは、ある種のメッセージを読み取ることができるだろう。寓話だろうか。

・「液体金属の背景 Chapter1」六〇五

組織に腐

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ブンゲイファイトクラブ一回戦Aグループ感想

ブンゲイファイトクラブ一回戦Aグループ感想

・「青紙」竹花一乃

死へ赴くことを強要される「赤紙」とは対照的な、自ら生を選択する「青紙」の物語。非常に風刺的であると同時に、「自由」への批判が読み取れる。選択は幸福をもたらさず、そもそもハリボテに過ぎなかった。

・「浅田と下田」阿部2

男湯に入る女生徒浅田、家族の元から逃走する浅田の父親。「規範からの脱出」が描かれ、しかし彼らは、帰ることを強制される。脱出することを望まず、母親が嫌な顔をし

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吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」 感想

吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」 感想

キラスタ教の支部長と、支部長の家に招かれた野球帽の男(浮浪者)を中心に、物語は進行していく。冒頭被害者であった野球帽が、結末加害者になるという、対照的な構造に包まれ、そこには、宗教という眼鏡を通した、多くの「逆転」が見出せた。

キラスタ教の教義の中に、「カカリュード」と「泥溜り」という概念がある。野球帽は他人に世話をしてもらう「カカリュード」そのものであり、他人の世話に依存して、罪の状態「泥溜り

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安部公房「燃えつきた地図」感想

安部公房「燃えつきた地図」感想

 都会——閉ざされた無限。けっして
迷うことのない迷路。すべての区画に、
そっくり同じ番地がふられた、君だけ
の地図。
 だから君は、道を見失っても、迷う
ことは出来ないのだ。
(安部公房「燃えつきた地図」)

   ※

 興信所の調査員が、失踪した男を追い始めるところから物語は始まる。依頼人であるアルコール中毒の女性、怪しげな組織に所属するその弟、失踪人の元同僚に、喫茶店「つばき」の関係者たち

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