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創作

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短編小説や掌編小説や詩、短歌のまとめ
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#小説

掌編小説 鏡

掌編小説 鏡

友人が失踪した。ある日、彼の母が私に電話をかけてきて、そう告げたのだ。何か手がかりになることはないかと聞かれたが、私は何もないと答えた。

「大丈夫ですよ。すぐに帰ってくるでしょう。人間四十年近く生きてりゃそういうこともありますよ」

「そうかしらねえ」

ええ、そうですよと言って私は電話を切った。切った後、何を馬鹿なことをと自分で思った。四十年近く生きてりゃだって? まさか。普通に生きてる人は何

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短編小説 緑の妖精 

短編小説 緑の妖精 

誰でも思い出したくない過去というのがあるでしょう。

あるところに、一人の旅人がいました。その旅人もそうでした。心に深い傷を負っていました。そして彼は、その辛い過去から逃げるように旅を続けていたのです。

ある日、そんな彼にこう言う者がいました。

「そんなに辛いことがあるのなら、酒でも飲んで忘れるがいいさ」

すると、旅人は答えました。

「でも、酒を飲むとつい、辛いことを思い出してしまいます」

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掌編小説 恋薬 

掌編小説 恋薬 

仲睦まじい夫婦がいました。恋人時代からずっと仲が良く、結婚してからもそう。互いの友人はこの二人のことをよく話題にしたものでした。

ところが、近頃妻の方が塞ぎ込んでいる様子です。夫がどれだけ理由を尋ねても、妻は頑なに答えようとしないのです。

たまりかねた夫は言いました。

「もし、何か、僕が君を不愉快にさせているのなら、どうか教えてくれ。そうしたらちゃんと謝るし、直せるところは直すようにするから

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短編小説 雲の子

短編小説 雲の子

 絵を描くのが大好きな少女がいました。少女はいつも外に出ては、お気に入りのクレヨンで風景を描いていたのです。

 その日も少女は公園で絵を描いていました。朝からとてもいい天気だったのです。

 少女が画用紙に絵を描いていると、画用紙の上にちょこんと何か白いものが乗りました。どうやら、空から落ちてきたようです。

 それは少女の手の甲くらいの大きさで、綿の塊のようにも、なにかの繭のようにも見えました

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短編小説 後悔する男

短編小説 後悔する男

自分のことが嫌いな男がいました。男はこれまで自分がしてきた選択は、どれもすべて間違っていたような、そんな気がしていました。

ああ、あのときこんなことをしなきゃよかった。が、男の口癖でした。

朝、起きると男はあくび混じりに呟きます。

「もう朝か。あんまり寝れなかったな。昨日もっと早く寝たらよかった」

昼間、会社で男はこう呟きます。

「ああ、つまらない。もっと別な仕事ができたらいいのに。若い

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掌編小説 銀杏の金貨

掌編小説 銀杏の金貨

銀杏の木は人間が好きなのです。好きな人のことを考えるということは、その人は何が好きなのだろうかと考えることです。それで銀杏は、人間たちは何が好きなのだろうと考えるうち、気がつきました。人間たちは皆、黄金に輝く金貨が好きなのだと。

そこで銀杏は自らの葉を、まるで金貨のような黄色に染めることにしたのです。誰だって、好きな人がいる人は、その好きな人の好きなものになりたいものでしょう。

銀杏はとても優

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掌編小説 天使の贈り物

掌編小説 天使の贈り物

ある日、神様が天使に言いました。

「世の中には、優しい人間もいれば、そうでない人間もいる。

それはそれで仕方のないことだが、優しい人間には、そうでない人間よりも、何かよいことがあってほしいものだ。

そこでお前に頼みがある。ここに、見えるようで見えない粉がある。とても美しく輝いている粉だ。

お前はこれから天の下に降りていって、誰か優しい人を見かけたら、頭の上からこの粉を振りかけてやりなさい。

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短編小説 私の神様 

短編小説 私の神様 

私には、自慢のおばあちゃんがいた。

おばあちゃんは長年図書館司書として働いて、ついには館長にまで上りつめた人だった。それでいながらお母さんのこともしっかりと育て上げた。我が家の誇りだ。

お母さんはよく言っていた。亀の甲より年の功って言うけど、うちのおばあちゃんは亀の甲と年の功両方だから最強なのよって。

亀の甲が何だかはよく分からないけれど、豊富な人生経験に加えてさまざまな本を読んで身につけた

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短編小説 光

短編小説 光

蜘蛛という生き物について、君はどう思うだろうか。あんまりいい印象は持たないかもしれない。そうだよね、僕だってそうだ。

まあ、そもそも僕が、その蜘蛛なんだけどさ。

ある日のこと、仕掛けた罠に一匹の蝶がかかっていたんだ。それはそれは美しい羽を持った蝶だった。

そのとき、不思議な気がした。僕は自分の糸がその蝶の羽に絡まっているのが許せなくてね。せっかく仕掛けた罠だったけど、自分で糸を切ったんだ。

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短編小説 翼を描いた画家の話 

短編小説 翼を描いた画家の話 

 飛ぶことなどできるわけがない。かつて世界の果てで、そう呟いた魔女がいました。

 その言葉は力を持ち、呪いとなって世界を覆ったのです。そう、それは今よりも、ずっとずっと昔のこと。

 それからというもの、この世界から空を飛べるものはいなくなってしまったのでした。

 鳥も、蝶も、空を飛ぶものはすべて、この世界から消え失せてしまったのです。

 しかし、老人たちは過去を覚えていました。かつてはこの

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掌編小説 父の腕時計

掌編小説 父の腕時計

 幼い頃から父のことがあまり好きではなかった。いつも眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた父。褒められたことなんて、一度もなかったように思う。
 僕が二十歳になったとき、父は腕時計を僕にくれた。こんなことを言いながら。
「これからお前はもう大人なんだから、しっかり時間を守らなきゃいかん」
 うへえ。またお説教かよ。僕はそれから時計の音が苦手になった。もちろん、父がくれた腕時計なんて、しようとは思わな

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掌編小説 虹色のカラス

掌編小説 虹色のカラス

 かつてカラスは七色だったんだ。人間が生まれるずっとずっと前の話だけどね。

 その頃、カラスは赤や青、白に黄色とさまざまな色の羽を持っていた。カラスにとって色彩は豊かさの象徴だったんだ。彩り豊かなオスはメスを魅了した。メスは美しいオスと愛し合い、より美しいカラスを生んだ。そうして美しいカラスはその数を増やしていったのさ。

 虹色のカラスが空を飛んでいた頃、世界はカラスのものだった。カラスは空を

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