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短編小説 翼を描いた画家の話 

 飛ぶことなどできるわけがない。かつて世界の果てで、そう呟いた魔女がいました。

 その言葉は力を持ち、呪いとなって世界を覆ったのです。そう、それは今よりも、ずっとずっと昔のこと。

 それからというもの、この世界から空を飛べるものはいなくなってしまったのでした。

 鳥も、蝶も、空を飛ぶものはすべて、この世界から消え失せてしまったのです。

 しかし、老人たちは過去を覚えていました。かつてはこの世界にも、空を飛ぶものたちがいたことを。

 そんな老人たちに向かって若者たちは言うのでした。

「あの老人たちは迷信を信じているのさ。もう年寄りだからな。いつまでも夢物語を語ってる」と。

        〜〜

 ある街に一人の天使がいました。その背中には、白い翼がありました。

 しかし、天使は空を飛ぶことができませんでした。彼女もまた、魔女の呪いに侵されていたからです。

 時折、街には彼女を冷やかす者がいました。

「おい、天使さんよ、あんたの背中に付いているものはなんだ?」

 そうすると天使は俯いて唇を噛みます。

「なあ、天使さんよ、空を飛んでみせてくれよ。あんたの背中の翼は、そのために付いているんだろう?」

 彼らは笑いながら去っていきます。拳を握り締めて立ち尽くす天使をその場に残して。

 彼女はそんなとき思うのでした。

 ああ、どうして私の背中にはこんな翼があるのだろう。こんなもの、何の意味もないというのに。

 そんなある日、彼女は街で一人の画家と出会ったのです。

 画家は通りの脇にキャンバスを構え、通り過ぎる人の群れを眺めていました。そうして、目の前の天使に声をかけたのです。

「そこの天使さん、どうか僕に君の姿を描かせてくれないか」

 そんな画家の言葉に、天使は唇を歪ませました。

「私を描いてどうするつもりですか? 面白がるのはやめてください。他に描くべき美しいものはたくさんあるでしょうに」

 すると、画家は答えました。

「ああ、天使さん、君は呪われているのだね。だからそんなことを言う。だが、僕は呪われてなどいない。僕はただの画家にすぎないから。画家はただ描きたいものを、自分が美しいと思ったものを描くだけだから」

「私が美しいですって?」

「ああ。とりわけその背中の翼がね」

 画家は微笑みました。

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