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掌編小説 銀杏の金貨

銀杏の木は人間が好きなのです。好きな人のことを考えるということは、その人は何が好きなのだろうかと考えることです。それで銀杏は、人間たちは何が好きなのだろうと考えるうち、気がつきました。人間たちは皆、黄金に輝く金貨が好きなのだと。

そこで銀杏は自らの葉を、まるで金貨のような黄色に染めることにしたのです。誰だって、好きな人がいる人は、その好きな人の好きなものになりたいものでしょう。

銀杏はとても優しい心の持ち主でした。だから銀杏は、自分から金色の葉を地面に落としてやることにしました。誰でも銀杏の金貨を手に取れるように。そうしたらきっと、人間たちは喜ぶはず。

ところが、人間たちは誰も、地面に落ちた黄色い銀杏の葉を手に取ろうとはしません。それどころか、掃いて捨ててしまおうとする者までいます。せっかく銀杏が落としてくれたのに。

おかしいなあ、と銀杏は思いました。どこで何を間違えたのかなあ。


そんなある日のことです。銀杏の木の前にはベンチが一つあり、そのベンチに二人の人間が座っていました。一人は年老いたおじいさんで、もう一人は小さな男の子でした。おじいさんは男の子に絵本を読んでやっているのでした。

銀杏はその様子を眺めていました。おじいさんと男の子は、あまり裕福そうには見えませんでした。でも、だからといって、不幸せそうにも見えませんでした。絵本は何度も何度も読み返したのでしょう。あるいは、誰かから譲り受けたのかもしれません。ページの端が折れたり破れたりして、かなりくたびれていました。

銀杏はできるだけたくさんおじいさんと男の子に葉っぱを落としてやろうと思いました。きっと喜んでくれるでしょう。

ドサッドサッと、おじいさんと男の子の上に葉っぱが落ちてきます。もう、絵本を読むどころではありません。

二人は慌ててベンチから立ち上がりました。その様子を見て、銀杏は少しがっかりしました。やっぱりこの二人も、銀杏の親切をむしろ迷惑だと思ったんだろうと、そう感じたからです。

ところが、おじいさんと男の子は、空中を舞うたくさんの銀杏の葉を眺めてこう言うのでした。
「きれいだね」
「本当に、きれいだねえ」

おじいさんは頭の上に落ちた銀杏の葉を、一枚だけ手に取りました。そして、男の子が大事そうに手に持っている絵本にそっと挟んでやったのです。

「さあ、次は、また明日にしよう。今日はここまで」
おじいさんは言いました。男の子は聞き分けよく頷きました。
「ゆっくり、ゆっくりだね」
「そうさ。ゆっくり、ゆっくり。のんびりとな」

銀杏は少し恥ずかしくなりました。あのおじいさんと男の子は、たった一枚の葉っぱを大切に取ってくれたのです。別に、銀杏のことが嫌いなわけでも、銀杏のことを認めてくれていないわけでもなかったのです。

ああ、本当のことなんて、いつまで経ってもちっとも分からないな。銀杏はそう思いました。

そして銀杏は、長く伸びた二人の影を見ながら思うのでした。

そうだ、僕もあんな風に、もっともっと大きくなろう、と。

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