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脱学校的人間(新編集版)〈22〉

 かつて子どもが子どもとして扱われていなかった時代、ある特定の技術をもって生業とする職能の社会に生まれ育った「子ども=小さな大人」たちは、それぞれ弟子入りした先の師匠や親方から、その目当てとするそれぞれの技能を習得し、いずれは「一人前」になって自身と家族を養う日用の糧を得るため、ごく淡々と日々の仕事をこなしていく人生行路へと入って行った。
 一方で、そういう職能階級の上位に立っていた当時の支配階層の、それぞれの子女に対する教育については、ここまで見てきた職人の世界などのように、ある一つの職能的作業に専念しうる特化された技術を持つ者としての、いわば「専門人=職業人」に育て上げるといったようなことが目指されていたというわけではなかった。
 マックス・ウェーバーによると、この位相における「教育の目標は、特別の専門教育にではなく、『教養ある』とみなされた生活様式の特質にあった」(※1)という。時代によってそれは「騎士としての禁欲的態度」であったり、「学芸文化的な素養および体育的・音楽的な教養」であったり、「紳士淑女としての因習的振る舞い」であったり、その様態がさまざまに変化しはしたのだったが、しかし総じて言えば幅広く「教養ある人物ということこそがその教育の理想」(※2)とされてきたのであった。先に挙げたようなパスカルやゲーテなどに施されていた「英才教育」とは、要するにこのようなものであったのだろうと考えてよいだろう。

 ところでこの、上位階層の教育において掲げられていた「教養人」という理想は、一方で「支配の構造ならびに支配層に所属するための社会的条件によって烙印づけられて」(※3)もいた。言い換えると、彼らの属する階級においては「『教養人たること』が社会的評価の根底をなしていた」(※4)のであり、「専門知識に詳しいことに依拠するのではなく、『文化的資質』に富むことにもとづく」ことが「支配層をして支配層たらしめる資格要件」(※5)であるとして、その階層に属する個々人の存立条件に還元されていたわけである。
 ゆえにこの、「専門的に『有用』な教育要素とは全く別の要素に重点を置いて」(※6)理想化された、支配層の子女に対する「教養人教育」は、一方でその教育効果に期待を寄せる「支配階層に属する大人たち自身の社会的評価」に直結するものでもあった。そもそも彼ら支配階層の大人たち自身もまた、単に有用な仕事のできる専門人すなわち「職人」などのように、特定の技術や能力をもって「仕事をする」ことが求められていたわけではなかった。その子女に対する教育がそうであったように、むしろ総合的・全体的に幅広く豊富な知識と視野をもって「彼らの世界を統治支配すること」が、彼ら自身に求められている「能力」だったのであり、そのような能力を有することが彼らを「支配者たらしめている資格要件」なのであった。要するに彼ら自身もまた、その資格要件に条件づけられて育てられてきたわけだし、そのような人物たることを求められてきたわけなのである。

 「人々から尊敬に値する人物と見なされること」という項目もまた、彼ら支配層に課せられた資格要件の、重要な要素となっていた。人に侮られ嘲られるような者では、誰も彼の下で「支配されようとは思わない」だろう。だから彼らは彼らなりに、彼らに要求されている「仕事」を全うするため、できうる限り最善の努力をはらわなければならなかった。それは彼ら自身が人々から崇められ、かしずかれるような人物であろうとすることばかりではない。彼らの「支配力」を永続させるためには、彼らの後々の世代においてもまた、引き続きそのようでなければならなかった。
 彼ら支配層に属する人間の、その「人物」への評価とは、しかし単なる「個人」への評価ではなく、彼らの属する「家柄・血筋」への評価に直結するものだった。もし彼らの子女が人前で何らかの辱めなどを受けようものならば、それは単なる「子どもの失態」にとどまらず、家柄・血筋そのものの恥辱へと直接つながるものだったのである。そしてその恥の度合いによっては当然、その家柄・血筋の「権威」自体にも傷がつき、それに伴って当然、その家柄・血筋による「支配力」も霧のように失われ、容赦なく地に堕ちていくことにもなりえたであろう。「権威と名誉」こそ支配力の生命線であるような彼らにとっては、自身のみならず家柄・血筋への「評価・評判」は、死活に直接関わるリスクともなりえたわけであった。
 だからこそ彼らは、自身の子どもたちがやがて人々の前で堂々と立ち、尊敬と崇拝と称賛をその一手に集め、それでもなお飽き足らないような器を有した人物に育て上げることを、その教育の「理想」として置いていたわけであった。その理想の達成はすなわち「我が一族の家と血の永続」にも直結していた。

 自らの子女を、ある理想化された人物像にふさわしい者として育て上げる。そのような「意図」の下で教育がなされていたと考えれば、かつての支配層が目指していた「教養人教育」なるものもまた、ある種の「専門人」教育だったと言えなくはないだろう。
 そしてこの「理想」は、やがて来る産業社会の支配階層であるブルジョア階級にも引き継がれることとなる。
 彼らもまた、それまでの支配階層の人々と同様、支配階級としてある限りにおいて「職業としての仕事」をする必要がなかった、だから「職能としての専門性」を彼ら自身としては持つ必要もなかった。
 しかしやはり彼らもまた「支配階級として、それにふさわしい人間になる必要」は生じることになった。言い換えれば「支配階級としての専門性」を身につける必要が、彼らとしてもやはり避けられないことであった。ゆえに彼らブルジョア階級の子どもたちも、かつての支配階層の子どもたちと同様に「人々の尊敬を集めるのにふさわしい、総合的に高められた理想的な人間になる必要」があったわけである。

 とはいえこの時点でもまだ「子ども」というものは、「誰の子どもであるか?」という関連づけにおいてその存在の意味が見出されていた。つまり、家柄や血筋が彼らの存在価値を意味づけ、決定づけていた。「彼らの親たち」がまさにそうであったように。
 それがさらに一般的な意味で、「社会においてあるべき人間」を作り出す「公的教育」の思想として発展していったのは、当のブルジョア階級が「社会の」支配階級であったがゆえである。
 ブルジョア階級は彼らの社会的支配形態の性質上、彼らの思想や生活様式を彼ら固有のものとしてのみならず、それを一般化する必要があった。それまでの支配層であれば、極論するならとどのつまりは「自らの領地を支配する」程度の力が維持できてさえいれば、まずはさしあたり事足りたわけである。しかし一方のブルジョア階級は、「社会全体あるいは世界全体」を相手にしていかなければ、その支配力を維持していくことはできなかった。
 彼らブルジョア階級の「力」とは、何をおいてもその「経済力」であり、経済の「力としての根本」とは、すなわちその「無際限な拡大」に全てがかかってくる。ゆえに彼らブルジョア階級は「全ての人間を対象にして」その支配力を示していかなければならず、「全ての人間を対象にして」経済発展の領域を拡大していかなければならなかった。だからこそ彼らブルジョア階級は、彼らが理想とし、自らそのように振る舞う一つの人間像を、「人間一般の理想に転化していく必要」があり、なおかつその理想を「世界全体に拡大していく必要」があったのだ。その必要にもとづいて、ブルジョア階級の教育も「人間一般のための教育」として、つまり「彼らのようになるための教育」として一般的に広められるようになっていったわけである。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 ウェーバー「官僚制」濱嶋朗訳(「権力と支配」所収)
※2 ウェーバー「官僚制」
※3 ウェーバー「官僚制」
※4 ウェーバー「官僚制」
※5 ウェーバー「官僚制」
※6 ウェーバー「官僚制」


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