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脱学校的人間(新編集版)〈46〉

 あらゆる社会階級に属するあらゆる人々を対象とした、社会的な機能としての学校は、ゆえにあらゆる人々に対して「中立的な場所として表象される」(※1)ことになるし、またそうでなければならない。少なくとも「表面的」には。
 そして公的な社会機能としての学校は、あらゆる人々のあらゆる立場に対して中立的であるものと見なされていることから、それ自身として独自の立場には立たず、またそれ自身として独自のイデオロギーを持たないものと見なされている。やはり少なくとも「表面的」には。
 それを信じる限りであらゆる人々は、なかんずくその学校に子どもたちを送り込む「親」たちは、学校の持つその中立と寛容によって、自分たちはけっして社会的に除外されることはないという点を根拠として、公的な社会機能としての学校に対し厚く固い信頼を寄せ、なおかつ「社会的に例外なく、そのようにするべきこと」として、何らの疑念も持たずに自らの子どもを、学校あるいはその機能的主体である教師=教員に安心感をもって託している(※2)。これまた少なくとも表面的には。

 一方で、そのように親たちの厚い信頼と期待を背景にして、実際に子どもたちを託された教師=教員の方では、当の「教師たち自身を手本として、彼らの持つ知識や教養などの効果を通じ、子どもたちを大人の有するような自由・道徳・責任へと到達させ」(※3)るべく、彼ら自身の有するあらん限りの知識と技能と情熱を、目の前にいる子どもたちに向けて注ぎ込んでいる。
 とはいえ、ここでたしかに「教師自身を手本として」とは言っているものの、しかし当の教師=教員たち自身は別に何も彼ら自身の思惑通りに、あるいは彼ら自身の意のままに、子どもたちのことを教育しようなどとしているわけではけっしてないのであった。あくまで彼ら教師=教員は、「あらゆる人々に対して中立的である」と見なされている学校の、まさにその「機能そのもの」なのであり、そうである限り彼らは、けっして「彼ら自身のイデオロギー」などを持たないこととなっているのである。彼ら教師=教員はあくまでも、教師=教員である限り彼ら自身としての思惑などはけっして持たないこととなっているし、というより彼ら教師=教員の思惑は、むしろけっして彼ら自身のものであってはならないことになっているのだ。
 彼ら教師=教員はあくまでも、彼らに厚い信頼を寄せる親たちの、その背後にある「思惑」を、彼ら教師=教員に託された子どもたちへの、彼ら教師=教員による「教育の結果」に合致させようと配慮しているのみなのである。その上なおかつ「子供たちの良心や自由を尊重し」(※4)、何とか子どもたちの「希望や夢」を叶えさせてやろうと、親身になって当の子どもたちに接し、親や学校や社会の間を取り持ちながら日々粉骨砕身奔走しているのだ。そんな彼らの「誠意」を疑うのはいくら何でも忍びないことではないか。

 それにしても彼ら教師=教員という者らは、それほどまでになぜ「熱心」に働くことができるのだろうか?
 それは、ある意味で「働いているのは彼ら自身ではないから」である。彼ら教師=教員はあくまでも、学校という「社会的機能そのもの」であり、そこで働いている=機能しているのは、「学校という社会的装置自体」なのだ。彼ら教師=教員たちはけっして「自分自身の思惑」によって働いているのではない。むしろ彼ら自身が何ら思惑を持たないがゆえに、彼らは自分自身の仕事について何ら疑いを持つこともなく「働いて=機能していられる」のである。
 話を戻せば、「教師たち自身を手本として」ということの意味は、むしろ彼ら教師=教員自身のことではなく「学校自体を手本として」ということなのであり、一体その何を手本とするのかと言えば、それはまさしく「中立で寛容な、あらゆる社会的対象に対応しうる社会的機能であること、それ自体について」であり、まさに彼ら教師=教員たち自身が「その機能そのもの」として手本となりうるものなのである。そのような「機能そのもの」であるがゆえに、彼ら教師たち自身は、自身の「仕事」について全く疑いを抱いてはおらず(※5)、なおかつ何らの疑いをも抱かずに済んでいる、ゆえに彼らは、教「員」であることが可能となるわけなのだ。そもそも、ある装置の機能つまり「部品」が、「装置本体」の一体何を疑いうるというのだろうか?

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」
※2 アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」
※3 アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」
※4 アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」
※5 アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」


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