労働力の問題 (『脱学校的人間』拾遺)〈4〉
ハンナ・アレントは、「労働力の生産性は、労働の生産物にあるのではなく、実に人間の『力』の中にある。この力は、それが自分を維持し生存させる手段を生産した後も消耗されない。それどころか、自分自身の『再生産』に必要とされるもの以上の『剰余』を生産する能力を持っている」(※1)と言う。しかし、そのように生産性や力や剰余などについて語ってしまうことは、実はそれらに対して無用な誤解や期待を生じさせることになりうるかもしれない。生産性にしろ力にしろ剰余にしろ、それらのものはけっして人間において内在的なものではないし、それ自体として独立的・自立的に発生し稼働するものでもない。
まず「商品としての労働力」のその生産性は、それが生産手段として買われて使用されることによってはじめて発現する。すなわちそれは必ず「買い手・使用者=他者」を必要とするものである。「力」も同様に、それがその所有者である人間の「中に内在するもの」では全くない。車のエンジンの燃料に、その駆動力が内在しているわけではないのと同じである。また、この「力」は必ず消耗するし、ゆえに再生産を必要とするわけである。この消耗を埋め合わせる再生産は「剰余」どころではなく、この再生産の「必要性」こそが労働力=労働者の軛となっているのは誰でも承知の話であろう。何よりそもそも労働力は、自分自身を維持し生存させる手段を生産しないし、できないのである。生産手段を持っているのは労働力の使用者・買い手すなわち資本であって、労働力=労働者自身はそのような手段を持ちえないからこそ「労働力という商品」として売られ買われているのだ。
それらを踏まえてさらに「剰余」について言うならば、これは生産物を生産する能力すなわち労働力の生産力によって「生産されるもの」なのではない。それは実に労働力が「商品であることによってこそ生み出されるもの」なのだ。ゆえにそれは「人間の力の中、すなわち労働力の中にある」というよりも、そのそれぞれの労働力の「間にあるもの」なのだと言うべきである。ここで考えられる剰余とは、「それぞれの労働力の価値」において、「それぞれの労働力の間に生まれるもの」である。言い換えればそれは「個々の労働力の価値の間に、差額として生み出される価値」なのである。そしてこの「差額=剰余」は、けっして労働者には還元されないのだ。そのような差額が自分の労働力の「価値」に生じるなどということは、労働者自身には「全く関係のないこと」なのである。
そもそも「労働力の価値」は、その生産力の結果である「生産物の生産量」や、その「生産物の価値」には見合っていないし、見合ったものとして割り出されているわけではない。そうではなく、それだけの生産量あるいはそれだけの価値の生産物を生産することのできる生産力を、「独占的に専有する費用に見合ったもの」として割り出されているものなのだ。だからそれが専有されて使用される限りにおいては、「剰余に相当する生産量」は、そもそも割り出されてなどいないのである。
そこから考えられる「剰余」とは、「労働力を独占的に専有する費用においての剰余」として見出される。それは、「他の労働力を専有した場合に対する『差額』としての剰余」というように見出されているものでもあり、なぜそれが「他の労働力」に対して見出されるかといえば、もちろん「労働力が、一般的な商品だから」なのである。つまり、ある一定の費用において買った労働力商品の生産力が「より多く生産する」ことによってというよりも、むしろ労働力商品を「より安く買う」ことにより、「より安い労働力が、一定の生産力で一定の生産量の生産物を生産できる」ことで、「同程度の生産力を持った、より高い労働力商品」に対し「剰余を作り出す」ということが、まさに労働力を商品として買うことの「利得」となるのだ。
「他の商品と比べて安上がりである」ということこそが、「モノを買うこと」の真骨頂あるいは醍醐味ではないだろうか?何にせよ「商品を買うことにおいての利得」というものは、実にそういうところにこそ現れるものなのである。もし「同程度の価値を持った労働力商品の生産力」が、もう一方よりも多くの量の生産物を生産することができるのだとしても、それについて労働力商品の使用者=消費者は、「同程度の商品価値の労働力が、より多くの生産力を持っていることを喜ぶ」よりも、「同程度の生産力を持ったその他の労働力商品より、安くその労働力商品を買うことができたことをむしろ喜ぶ」だろう。要するに、ある商品を安く買い、それによって「浮いたカネ」で好きなモノがまたさらに買えるようになる、「その方が得」なのだ。だから、労働力の「価値」とは常に「その他の労働力商品の価値に対して割り出されている」ものだということとなるのである。
〈つづく〉
◎引用・参照
※1 アレント「人間の条件」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?