可能なるコモンウェルス〈58〉

 ジェファーソンは「急進的な共和主義者」として知られた人物である。なおかつ彼が強く敵視していたのは、徹頭徹尾「専制主義」に対してであった。「神授の権利」によってその座を得た絶対君主であれ、あるいは曲がりなりにも「民主的な手続き」を経て選ばれた独裁者であれ、いや、それがたとえ「何者でもない者」であったとしても、とにかく「特定の者が権力を一手に独占すること」それ自体が、彼にはどうにも我慢がならなかったのである。
 そのようなキャラクターの人間が、巡り巡って「建国の父」と呼ばれる人々の一員として数えられている。それがいわゆる「自由の国アメリカ」なのであり、ゆえにこの国家における「自由」とは、まさしくジェファーソンその人の思想と実践に、その一つの起源を持つものだとも言っていい。
 そんな人物であるジェファーソンとしては、アメリカ独立後の政体についてあくまでも「諸ステートの連合(コンフェデレーション)」として保たれることが望ましく、一方で「一つの国家に統合される」ような形での「連合国家(フェデラル・ステーツ)」として構築されることについては、どちらかといえば消極的な考えだったと言われる(※1)。
 ところが、彼が新国家の公使としてパリに派遣されていた、まさしくそのときに、アメリカ新共和国の諸権益を「連邦政府において集中的に保持」しようと画策していた、ワシントンやハミルトンなどを中心とする「保守派」たちが、半ば強引に自分たちの意を汲んだ方向で、憲法の制定を推し進めてしまっていたのだった。
 その一報を聞くに及び、ジェファーソンはおそらく内心強い不満を覚えるところは当然あったことだろう。しかしそれでも決定された新憲法に対して概ね同意を示し、なおかつ初代大統領となったワシントンの政権においてその閣僚として加わるなど、現実の政治状況に対してはあくまで現実的な態度をもって、自らに課せられた役割を果たしていったものであった。
 と言いつつやはり「アメリカ憲法に対して、そして特に『憲法を信仰の対象のように眺め、あまりに神聖なので触れることもできない契約の箱のように考える』人々に対しては、時々激しい敵意を示した」(※2)こともあったという。人民自らが制定した憲法であるのにもかかわらず、あたかもそれが神託でもあるかのように、まるで「下から崇め奉り、仰ぎ見ているような人々」に対して、ジェファーソンはかつての君主−臣民、および支配−被支配のような「関係の絶対性」の構図を見たのではなかっただろうか?

「…(…ジェファーソンは…)自分の世代だけが『世界をふたたびはじめる』権力をもつべきであるという不正な考えにたいして激怒していた…。」(※3)
「(…他の「建国者たち」の抱く思惑のような…)『死後も(統治するのは)むきだしのうぬぼれであり、図々しさ』であった。そのうえそれは、『あらゆる暴君のもっともおろかな行為であり、傲慢』でもあった。…」(※4)
 全くのところ、このような「傲慢さ」の背後にあるのは「自分自身以外の者に対する不信」なのであり、そのような自分以外の者らが「この私に対して」及ぼすであろう、害悪への恐怖なのである。
 「この私が作り上げた、この善きもの」を他の者らの手によって台無しにされてしまうことに、「この私」は絶対に我慢がならない、それは「この私自身」を台無しにし、「この私」を陵辱することなのだ。
 そのように考える者たちが「自らの行為の結果を絶対的なもの」とし、それを神性の絶対性に還元して、不変の権威と見なす。それは、そのような「権威を作り出した者ら自身を、神性にもとづくものとして見なすのと同義」のこととなる。
 この、一種狂気じみた意識の背後には、すでにこの新国家の地にも生じはじめていた、「支配と所有」の観念が介在しているものと思われる。新世界において見出された諸権益を「すでに我がものとしている」というような利得意識は、一面ではたしかに「それを守るための革命」を促進させるエネルギーになったのは否定できない。思えばそもそも「かつての支配者=イギリス」のしてきたこともまた、たしかにある意味いささか「狂気じみていた」とも言え、それに対抗するエネルギーとして一つの反作用的な狂気も、やはり時としては必要であっただろう。「革命」とは要するにそういうものなのである。
 だが、そのような狂気が「まるで正当化されている」かのように、あからさまな形で露出しはじめていた、この「むきだしのうぬぼれ、図々しさ、傲慢、不正」に対してこそ、ジェファーソンは「恐怖と不安を覚えていた」のではないだろうか?そこからは、「現世的利益を永遠のものとし、なおかつ我がものとし続けようとする」ような浅ましき餓鬼の姿が、彼には見て取れていたのかもしれない。そして彼の目にそれはさながら、かつての「残忍な君主たち」の亡霊のようでさえあったことであろう。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 アレント「革命について」
※2 アレント「革命について」
※3 アレント「革命について」志水速雄訳
※4 アレント「革命について」志水速雄訳

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