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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#伏線

明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)

 博多口を出ようとした。
 出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
 何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
 私は次にと

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香山の28「カーネル・パニックⅡ」(46)

「その様子だと、当ては外れていないらしいね。人はハイになると、神経が昂り、はたまた現実と妄想の区別がつかなくなる。大体の人間は根っからの狂人でないから、狂気の取扱説明書を持っていないんだ。悪いことは言わない。今すぐに持っている薬を捨てて、絶つんだ。請負殺人のブローカーに言うのも実に奇妙だが、真人間を目指して生きたまえ」
 的外れな見当をきいて、私は自分の危機感を感じ取られていないことを悟った。彼は

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香山の29「カーネル・パニックⅢ」(47)

「論点を明瞭にしてもらえるかい」
 ここでようやく明が真剣になりはじめた。やはり、柴田隼人の言ったように彼は私より頭の回転が遅いらしい。作者である彼は、自分で作り出した存在のつむじからつま先までを語ることが可能で、そうであるから神なのだった。
 成人に遅れて後ろから歩く幼児を見るとき、その知能の遅れを感じて、愛撫することもあろうが、それは、愛撫と嘲笑とがまじりあう感情として表出している。そんな風に

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香山の30「カーネル・パニックⅣ」(48)

「俺達はフィクションの中にいる、現実には存在していない、架空の存在……『登場人物』なのだ。フェータルな証拠を示す。
 思い出すんだ……俺達がこの小説の冒頭にて行った演出を。
 対談―あれは非常によくある形式だ。読んでいると目をそむけたくなるほど痛々しい気持ちになる種類のものではあるが、あれはステレオタイプのメタ・フィクションなのではないのか?
 よく考えろ。作者、だなんて、今述べたとんでもない、大

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香山の32「カーネル・パニックⅥ」(50)

 彼が意を決して私に向き直った。そして徐に私のシャツの袖をまくって、左腕を露出させた。その上にあるものは、私が彼にひた隠しにしていたある事実を証明する根拠であった。しかし、それを見ても彼は驚いている風ではなかった。
「冷酷無比だった、とは実に滑稽なことを言うね。それと向き合うんだ」
 そう言って明がなだめた。私はもはや明にかける言葉を思いつかなかった。
 このことを決して彼に打ち明けるつもりがなか

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香山の33「カーネル・パニックⅦ」(51)

 もはやごまかしようのない証拠を見られ、隠匿していた犯行を自白した私を前に明は語りはじめた。
 …………………………。
 …………………………。
 俺が、お前の気がおかしくなったと思ったのは、確か柴田隼人と対談をする前だった……お前はあのときも、俺達の仕事の根本的な問題とやらに悩んでいたんだ。俺にとっては他人の命へ敬いなんぞどうでもいい。むしろ蔑ろに扱ったり、人の優位に立ったりすることが楽しいと思

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香山の34「カーネル・パニックⅧ」(52)

 久方ぶりの地獄図。それは、自分の歩む先には何かが待ち受けていると知らせてくれたんだ。すると、ぱあっと、朝もやが晴れていく心地だったよ。
 実際、対談の当日お前に会うと、お前は相当に苛ついていた。俺は、お前のきちがい加減をまじまじと見た。『ああ、そうか。俺はこの人に一生ついていこう』。俺はそう自分に誓った。正直……ほれぼれしたよ。お前さんの中に、狂気の極地があるのを予感したからね。そしてあの対談が

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香山の35「カーネル・パニックⅨ」(53)

 俺は、お前がどういう魂胆であの対談を俺に頼んだのかを知りたくて、徹底して調べようと思ったんだ。調べなくては、知らないという自覚からなる苦悩で気がちがいそうだったからね。まずお前に電話をした。すると、お前は全く対談のことなんぞ頭になかった。やはりお前は論理の成立しないことばかり口にした。興奮して、俺の話が聞こえていないようだった。何を言おうと、『中崎は最低のくず野郎だ』、『中崎はいい奴だ』の繰り返

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香山の36「カーネル・パニックⅩ」(54)

 少年期を過ごした家庭環境はなんでもないありふれたものだ。一般家庭だった。貧困も、離婚も、虐待も、ありはしなかった。テレビを傍目に夜を待てば、湯気を昇らせる白飯が運ばれてくる。家族の目は死んでいたが、それだって別に特に特筆すべきことだとは思わない。何も変哲はないのだ。毎日毎日、飽かずに輝いた目で会話を弾ます家族なんているのかい? 普通の家庭とは裏腹に俺は頻繁に問題を起こしたがね。
 あのときは五歳

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香山の37「カーネル・パニックⅩⅠ」(55)

 飛躍を望んだ俺はさらに突き進んだ。俺は確かに社会への害悪を行使することで自分の幸福を高めていた。暴悪こそが優越を生み出すものだと信じていたのだからね。優越からなる幸福の獲得に、忘れてなはならない致命的な条件があることに気づくまでは。
 いいかい、俺は、周囲の人間をとっかえひっかえに扱うことで外面世界を否定したけどだ。その否定は同時に、世界の存在を是認したことに他ならない。世界の是認に含まれるある

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香山の38「カーネル・パニックⅩⅡ」(56)

 他人の渦にからめとられること……字面だけ見れば情けない。しかし十分に健康の域にあることは、成熟したお前であれば承知であろう。同様に俺はこの冷酷が、一般性の名を掲げながらゆらめく重力によって屈折される様を見ながら、これでよかろう、と思った。自分はこの人間社会に属している一要素に過ぎない、という自覚が堕落した幸福を育んでいった。最初はこの堕落を恥じた。ところがやがて堕落は、自分は一人ではない、という

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