香山の32「カーネル・パニックⅥ」(50)
彼が意を決して私に向き直った。そして徐に私のシャツの袖をまくって、左腕を露出させた。その上にあるものは、私が彼にひた隠しにしていたある事実を証明する根拠であった。しかし、それを見ても彼は驚いている風ではなかった。
「冷酷無比だった、とは実に滑稽なことを言うね。それと向き合うんだ」
そう言って明がなだめた。私はもはや明にかける言葉を思いつかなかった。
このことを決して彼に打ち明けるつもりがなかった。きっと彼は私を毛嫌いする。私にとっては欠かすことのできぬものは、他人から見ればただのくだらないものであることが多いし、理解を示そうとする人間も少ない。ユーザー数の多いゲームを楽しんでいても、同じ趣向を持つ人間を周りに見つけることは難しい。人は『そんなゲームにのめりこむなどあほらしい』と一蹴するのだ。そんなことは、誰だって人生の中で学ぶ孤独の横顔だった。特に彼のように他人に重きを置かぬ人間が、こちらの世界へ歩みを進めることなどあり得ない。
頭の中を真白にした私は閉口していた。そう、ギャップは人の感覚を狂わせる。……
明が得意げにしゃべるのを聞く他はなかった。しかし彼はどこか私を叱責するような優しさを見せていた。それは、どこか遠くに悲哀を見ているような風だった。
「ほら、尻尾を出した。お前は薬中じゃないか。これはどう見たって疑いようのない注射痕だろう、実に夥しい。仮に入院時のものだとすれば、ここまでミスをする藪医者は殺した方がいい。それぐらいにひどい数だよ」
「どうして……」
と、かろうじて言った。
「言っただろう。お前は現実と妄想の判別が全くできなくなるタイプだと。性根がまともな証拠であるとはいえるがね」
私の腕には、ざくろの果実をばらまいたような赤い斑点があった。どうして私の腕にこれほどの注射痕があるのか。それは、彼の言い当てたように、私は薬物に依存していたからだ。
そして彼は今『性根がまとも』と口にしたが、本心ではないように思えてならなかった。彼は続けた。
「そうやって、まともだからお前は、俺と違って罪悪を強く感じ、罪悪を忘れることもできないんだろう」
私は、驚きのような、それでいて悲しみのような感情で息が詰まった。「お前は……知っていたのか……」
彼が最初に私の薬物依存を疑ったときに笑っていたのは、それとなく確認するつもりだったのだ。誰かが隠匿することを聞きださんとするとき、詰問ばかりに陥るのは得策ではない。そうではなく、自分が味方であることを示す方がいい場合がある。今回、私は何としてもこの事実を隠そうと決心していたためにうまく作用しなかっただけだ。例えば、『お前さん、さっき仕事をさぼっていただろう?』ぐらいの軽い隠し事を聞き出す際にはうまく働くように思われる。
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