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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#ミステリー

明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)

 博多口を出ようとした。
 出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
 何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
 私は次にと

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明の10「茜さす 帰路照らされど…」(26)

 貫一の狙いを見透かした私は、裏をかくためにお宮の同伴という貫一の要求を無視することにした。ハチロクの中に、お宮と残っていた。私は一人、博多口付近で、二人の出現を待つ貫一を見つけ、iPhoneを介して香山と会話をさせる手はずである。香山は筑紫口のロータリーにハチロクを停車し、私からの電話を待っている。
 動悸と眩暈を感じ、私は心底貫一との対面を望み、同時にそれを否定していることを認めた。再び筑紫口

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明の11「シドと白昼夢」(27)

 今一度私はAirpodsの位置情報を確認した。Airpodsは、マクドナルドの下にある。姿を視認すれば切りかかれるように、ホルスターのナイフに手をかけた。そして、整列する掲示板によっかかっている貫一を見つけた。ナイフに殺意を注入するところであったのに、私はそれができないことを悟った。気づけば、私は柄から手を離し、しきりに雑踏の中に貫一を探すかのようにあたりを見渡している。また、私は彼を視認して、

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香山の23「ナナへの気持ち」(41)

「お疲れ、何か食べるかい」
「いいの」
「お前、あの店のラーメンが好きだったろう。俺も好きなんだ。あそこに行こうか」
「うん」
 息子はきっと、父親の傲慢に腹を立てる日々で感じる、ふとしたそんな優しさと自分の犯した過ちを同時に認識し、泣きながら告白したのかもしれない。いいや、人間はそんなに綺麗ではない。少年院や学校での立ち回りを怖れ、それとなくぼやかして告白したのかもしれない。少年にとっては、父親

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香山の35「カーネル・パニックⅨ」(53)

 俺は、お前がどういう魂胆であの対談を俺に頼んだのかを知りたくて、徹底して調べようと思ったんだ。調べなくては、知らないという自覚からなる苦悩で気がちがいそうだったからね。まずお前に電話をした。すると、お前は全く対談のことなんぞ頭になかった。やはりお前は論理の成立しないことばかり口にした。興奮して、俺の話が聞こえていないようだった。何を言おうと、『中崎は最低のくず野郎だ』、『中崎はいい奴だ』の繰り返

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香山の36「カーネル・パニックⅩ」(54)

 少年期を過ごした家庭環境はなんでもないありふれたものだ。一般家庭だった。貧困も、離婚も、虐待も、ありはしなかった。テレビを傍目に夜を待てば、湯気を昇らせる白飯が運ばれてくる。家族の目は死んでいたが、それだって別に特に特筆すべきことだとは思わない。何も変哲はないのだ。毎日毎日、飽かずに輝いた目で会話を弾ます家族なんているのかい? 普通の家庭とは裏腹に俺は頻繁に問題を起こしたがね。
 あのときは五歳

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