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アンティークコインの世界 〜古代ギリシア・ローマコインを観察する


タイトルの通り、古代ギリシア・ローマコインを観察しながら、当時の歴史に辿っていく。今回は7枚の貨幣を年代順に紹介する。観察を通して歴史背景の深みが見えてくるかもしれない。


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前2世紀のローマ支配時代のアテナイで発行されたテトラドラクマ銀貨。かつては大繁栄を謳歌した古代ギリシアを代表する都市国家がアテナイだが、最終的には共和政ローマに制圧され、アカエア属州に併合された。この頃のアテナイは共和政ローマの支配下にあったが、他地域と異なり、過去の栄光から優遇政策が採られていた。

図柄はアテナとフクロウという、アテナイがかつてより発行し続けているデザインで表されている。だが、その表現は時代を経るごとに変容し、この時期では写実的な表現がなされた。アテナイ覇権時代のものを「クラシックスタイル」と呼ぶのに対し、こちらを「ニュースタイル」と便宜上呼び分ける。

裏面には発行都市アテナイの略称「AΘE」が刻印されている。この発行都市の刻印は、クラシックスタイルから変わらず受け継がれている。また、ギリシア神話でアテナイ市民がアテネから授かったオリーブのリースでフクロウが囲まれている。聡明な鳥とされたフクロウは知恵の女神アテナの神獣だった。フクロウはワイン等を保存した容器アンフォラの上に乗っている。フクロウの左右には、アルファベットを重ねて組み合わせたコントロールマークが記されている。これは発行担当者の示すもので、貨幣の発行を管理する上での制御文字だった。

近年、トルコの遺跡からクラシックタイプのフクロウコインが大量に発行され、話題となっている。クラシックタイプのフクロウコインは古代コインをコレクションする者であれば誰もが一度は憧れるコインであるが、ニュータイプの本貨も劣らず素晴らしいのでお勧めである。


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前90年に共和政ローマのローマ市造幣所で発行されたデナリウス銀貨。表にアポロの肖像、裏に椰子の枝を持って疾走する騎馬兵が描かれている。馬の下部には発行担当者の省略名「L PISO FRVGI(LVCIVS CALPVRNIVS PISO FRVGI)ルキウス・カルプルニウス・ピソ・フルギ)が刻印されていえる。さらにその下部には、ローマ軍の主力兵器であるグラディウスが描かれている。グラディウスは鋼でできた剣で、強力な切れ味を誇った。成人男性の力であれば、人体を簡単に切断できるほどの威力を有していた。

本貨はローマ人とイタリア諸民族の間で行われた戦争の軍費の支払いとして発行されたもので、貨幣学者Crawfordによれば、型台だけでも850〜1000個ほど存在したと見積もられている。そのため、モノグラムで示されたコントロールマークのヴァリエーションが非常に多い。

表裏の意匠はアポロ祭を象徴したもので、発行者の先祖がプラエトルを務めた前211年にこの祭りを開始した功績を称えている。プラエトルとは法務官とも訳される高級官職で、コンスル(執政官)の補佐としてローマ政界では第二位の地位にあった。


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ローマ帝国でドミティアヌスの治世に発行されたアス貨。洗浄され、当時の赤みを帯びた茶色を完全に取り戻した状態である。だが、アンティークコイン市場ではトーンを落とすことになる洗浄は御法度とされ、その価値を大幅に貶める。

ドミティアヌスとモネタの姿がはっきりと表れている。ドミティアヌスはウェスパシアヌスとティトゥスの後を継いで君臨したローマ皇帝で、モネタは金銭を司る富の女神だった。本貨のモネタは、右手に天秤を手にしている。天秤は両替商等が利用した道具で、当時の金銭取引では欠かせない道具だった。

アス貨と同じくローマ時代に発行されていたセステルティウス貨の合金比率が安定しないのに対し、アスはほぼ純銅のCu99%で通年一貫していた。


ネルウァ/フォルトゥーナ

ネルウァを描いたデュポンディウス貨。彼はコッケイウス氏族に属するイタリア本土の有力貴族で、法学を学びローマ政界のキャリアを歩んだ。有能だが軍との繋がりが弱く、その支持を得るため治世中は苦悩した。本貨はアス貨の倍の額面を持ち、皇帝肖像が共通して光線状の冠を戴く姿で描かれるのが特徴である。この様式の差異よって、アス貨と区別できる。

裏面には幸運の女神フォルトゥーナが描かれている。人間の運命を握るという意味合いで、船の舵がアトリビュートとして描かれる。本貨でも彼女は右手に舵を握っている。運命という船は、彼女の気分次第というわけである。運命の不安定さという意味合いで、フォルトゥーナは布切れで目隠しをした姿でも時折表される。現在のビデオゲームなどでも布切れで目隠しをしたキャラクターのデザインを見かけるが、その元ネタはこの女神に由来している。

材質に関しては、純銅、黄銅、銅鉛などが存在しており、セステルティウス貨と同様に合金の配合率はまちまちである。


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ローマ帝国でトラヤヌスの治世に発行されたアス貨。元老院がローマ市内の造幣所で発行させた。トラヤヌスと敬虔の女神ピエタスを刻む。トラヤヌスはローマ帝国の最大版図を築いた皇帝で、オプティウム・プリンケプス(最良なる君主)と呼ばれた。リアルタイムで彼の時代に生きた著述家小プリニウス、カッシウス・ディオらがその統治能力を高評価している。アス貨の皇帝肖像は、植物の葉の形状をした市民冠を戴く。

本貨は保存状態が良く、貨幣の銘文が鮮明に残っている。下記、原文と邦訳を併記する。「IMP CAES NERVA TRAIAN AVG GERM PM TRPOT COS II SC(最高軍司令官 カエサル・ネルウァ・トラヤヌス 皇帝 ゲルマニア征服者 最高神祇官 護民官特権保持者 執政官2回 元老院決議により)」と記されている。銘文は省略形で記されている。ローマのコインのほとんどがスペースの都合上、省略形によって銘文が記される。


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ローマ帝国でハドリアヌスの治世に発行されたセステルティウス貨。当時の色味を保持している。黄銅と呼ばれる銅に20%ほどの亜鉛が混ぜられた合金で、黄金色を放っていた。ストラボン、プリニウス、ヨセフスなどの著述家が黄銅についての記録を残している。こうした黄銅貨はローマ帝国のローマ市造幣所で発行されたが、一部はガリア属州ルグドゥヌム造幣所で発行された。

ハドリアヌスはローマ皇帝で初めて髭を蓄えた姿を貨幣に刻ませた皇帝として知られている。本人がギリシアかぶれであり、ギリシア哲学者をリスペクトしていたことによる。幼少の頃に怪我をして残った顎の傷を隠すためだったとも言われている。エキセントリックな皇帝で、ローマの一部の貴族から疎まれていたが、帝国を巡視し、防衛に務めた皇帝として評価されている。


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カラカラの治世に発行されたアントニニアヌス貨。カラカラの肖像とクァドリアガ(四頭立ての戦車)を操る太陽神ソルを描いている。前述したデュポンディウス貨はアスの倍の額面を持ち、皇帝肖像が光線状の冠を戴く表現を採っている。この規則性は後の貨幣にも見られ、カラカラの治世に発行が開始されたアントニニアヌス貨にも共通する。アントニニアヌス貨はデナリウス貨の倍の額面を持ち、同様に皇帝肖像が光線状の冠を戴くのが特徴である。本貨がまさしく、その例である。

アントニニアヌス貨の発行、アントニニアヌス勅令の発布、カラカラ浴場の建設など、カラカラの治世にはいくつかの政策が行われている。いずれも財政難への対処、市民の人気取りのために行われた。

軍費・防衛費の増大により、政府及び帝国は財政難に陥っていた。そこで、銀貨の品位を落とす貨幣改鋳が行われた。この際に登場した新貨をアントニニアヌス貨と呼ぶが、これは後世に付けられた便宜上の名で、当時の呼び名が何だったのかは不明である。この貨幣改鋳政策により一時的に財政は回ったものの、品質を落とした悪貨は後にインフレーションを巻き起こし、帝国衰退に拍車を掛ける結果となった。

アントニニアヌス勅令は、ローマの市民権を属州民にも与えるというもので、一見人道的な政策のように見えるが、結局は税金の負担者を新規で獲得するための政策だった。市民権を与え、ローマ市民と認める代わりに、帝国への納税を徹底化させた。

カラカラ浴場はカラカラが人気取りのために建設させた大浴場で、ヘラクレスなどの彫刻が置かれた豪華なテルマエだった。だが、こうした市民の人気取りをしたものの、カラカラの人気は優れなかった。エジプト属州アレクサンドリアでの数万人規模の大虐殺等、残忍で卑劣な性格が周囲から疎まれた。最期は、カラカラにより家族が殺されたことを強く憎んでいた兵士に刺殺された。自軍の兵士に殺害されるという、皮肉で悲惨な結果に終わった。


以上、7枚の貨幣を紹介した。見るべきポイントは人それぞれであるが、銘文、図像、材質は特に重要である。銘文によって貨幣はある程度の年代判定ができる。文字の形態や称号などによって推測が可能となる。図像は最初に目に入るものであり、当然ながらこちらも最重要である。特に貨幣をメディアとして利用していた当時において、表裏の図柄は最も目を惹くものだった。そして、貨幣の材質は国力を如実に反映するいわばパラメータのようなものである。貨幣の品質低下は、国力の衰退を意味している。

古代ギリシア・ローマコインは小さなものであるが、よく観察することによって歴史の奥深さを垣間見られるのである。栄光と繁栄の偉大なる時代に貨幣という媒体から今後もアプローチしていく。


Shelk 詩瑠久🦋

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