setsunani

It's better to have loved and lost tha…

setsunani

It's better to have loved and lost than never to have loved at all.

記事一覧

待ち合わせ

待ち合わせ場所は駅ビルの中だった。 現れた彼の手には野菜が覗く買い物袋があった。 「おうちへ帰って料理しなくていいの?」 仕事の後に待ち合わせて食事をしようとい…

setsunani
3年前
1

setsubou

この切望は何なのだろう。 何かことを成し遂げられるならば、愛する人や家族や温かい日常生活なんて、何も要らないと思う。 それは決して名誉欲みたいなことではなくて、…

setsunani
5年前

ふゆのあさ

夜ねむるときにはあんなにつめたくて、もう絶対ねむれないと思った足先が、今はあたたかい。 ふとんからでている頰がつめたくて、部屋の中の空気はぴりっとしている。 息…

setsunani
5年前
1

一人ジョシタビ 京都

旅が好きな理由は、無数にある選択肢の中からじぶんの好きなものを選び出して、時間の許すかぎり効率的かつエレガントに旅程を組むのが、とても楽しいからだ。 まずは妥協…

100
setsunani
7年前
2

温泉旅情

白い空によく目をこらすと、アイスグレーの雲が厚く覆っている。 辺り一面にはふんわりと真っ白い雪が積もっている。 動物の形にこんもり積もった雪、こまかく重なり合…

setsunani
7年前
1

いつもの店

夢の中で、何度か行ったことのある店がある。 昨日また行った。多分、3度目だと思う。 そこは、東京の下町にあって、なぜだか塀に囲まれている地域の中にある。 店の人…

setsunani
7年前

カフェで彼女は

 今日も、いつもと同じ一日がやっと終わった。  私は疲れた体でいつもと同じように会社から駅までの道を歩いている。  時刻は夜9時になるところだが、これから遊びに…

setsunani
8年前
2

空き部屋あり

道路に面して摺りガラスの窓のある、2階建てアパートの前を通っていた。 2階はそれなりに入居しているようだが、 1階は摺りガラス越しにカーテンが透けて見える部屋は少…

setsunani
8年前
1

夏草の夢の跡

わたしにとって夏といえば、田舎の祖父母の家での思い出が大きい。 祖父が60年も前に建てた家だったが、祖父亡き後、高齢の祖母のため内装や建具を改築したので、今は新し…

setsunani
8年前
4

蜘蛛女

私はその日、早朝から顧客のもとに向かっていた。 自宅から遠い場所なので、私は眠い目をこすって早起きをし、まだ暗い早朝から家を出てその電車に乗った。 普段利用して…

setsunani
8年前
1

江ノ島小景

その前日、音楽の階段教室で、ももさんとわたしは「明日学校をサボろう」と、小さな冒険を企てた。 高校3年の2月。進学する大学も決まり、学校の授業も音楽や家庭科が中心…

setsunani
8年前

夏の夕景nostalgia

おふろのお湯のにおいと、夕ごはんを作るいいにおいがして、大きく半面を網戸にした窓からレースのカーテンを膨らませて外の風が入ってくる。 風はぬるくて、暑かった今日…

setsunani
8年前

冬を想像してみる

麻のシーツから、綿のシーツに戻す。 タオルケットから毛布に変える。そのうち毛布だけじゃなく羽毛ふとんも必要になる。 部屋に裸足でいるのがつめたく感じられるように…

setsunani
8年前
1

文章を書くということ

文章を書くこととは、パズルをはめることだと思う。 パチリ、パチリ、と規則正しい音をさせながら、パズルのピースが台座に漏れなく隙なく嵌まって行く。 台座はそもそも…

setsunani
8年前
1

何人目のわたし

ときどき、ほかのわたしは何やってるだろう、と考える。 あのとき試験に受かっていたわたし。 あのときピアノをあきらめなかったわたし。 あのとき仕事をやめなかったわ…

setsunani
8年前

ねむれないよる

旅行の前の日。 ドキドキした日。 けんかをした日。 昨日寝すぎた日。 ただわけもなく。 そんなときは、 右に左に寝返りをうったり、 考え事をしたり、 考えを頭の…

setsunani
8年前

待ち合わせ

待ち合わせ場所は駅ビルの中だった。

現れた彼の手には野菜が覗く買い物袋があった。

「おうちへ帰って料理しなくていいの?」

仕事の後に待ち合わせて食事をしようという約束で会ったけど、そう聞いた。

家に奥さんがいるかもしれないことや、もしかしたらもう離婚して自炊しているのかもしれないことが頭に浮かんだからだ。

「なんでそんなこと言うの」

彼はどちらの可能性も裏付けず、強めの口調で言うと、私

もっとみる

setsubou

この切望は何なのだろう。

何かことを成し遂げられるならば、愛する人や家族や温かい日常生活なんて、何も要らないと思う。

それは決して名誉欲みたいなことではなくて、本当に実質的に社会を変えたい、転機やインパクトをもたらしたい、というようなことだ。

多くの同世代の(あるいは少し年下の)人たちが、子育てや家事や家族と過ごす時間に心を注いでおり、満たされている、あるいは不満を述べているのを見聞きする。

もっとみる

ふゆのあさ

夜ねむるときにはあんなにつめたくて、もう絶対ねむれないと思った足先が、今はあたたかい。

ふとんからでている頰がつめたくて、部屋の中の空気はぴりっとしている。

息を吐くと、ふとんにはねかえった湿気が自分に返ってきてうれしい。

まだ雨戸も閉まっているから部屋は暗い。

隣のふとんにはまだ、おかあさんと妹がぐっすり眠っている。

さむくて到底ふとんから出られる気はしない。さむい中で自分だけはあたた

もっとみる

一人ジョシタビ 京都

旅が好きな理由は、無数にある選択肢の中からじぶんの好きなものを選び出して、時間の許すかぎり効率的かつエレガントに旅程を組むのが、とても楽しいからだ。

まずは妥協せずに、行ってみたいところを書きだしてみる。

行きたい場所をくまなく盛り込んで、時間配分も文句なしのエレガントな旅程ができた暁には、我ながらセンスがあるな、と悦に入ってしまう。

まあ実際には大抵、朝起きる時間が遅れたり、ごはんのあと眠

もっとみる

温泉旅情

白い空によく目をこらすと、アイスグレーの雲が厚く覆っている。

辺り一面にはふんわりと真っ白い雪が積もっている。

動物の形にこんもり積もった雪、こまかく重なり合った木々の枝の影、その向こうの白い空。

近くに目を落とすと、かすかに緑がかった白濁の湯からこれまたふんわりと、湯気が上がっている。

湯の花、という単語が頭にはあって、つめたい空気の中に、上品で豊かな硫黄のにおいが漂っている。

もっとみる

いつもの店

夢の中で、何度か行ったことのある店がある。

昨日また行った。多分、3度目だと思う。

そこは、東京の下町にあって、なぜだか塀に囲まれている地域の中にある。

店の人の話では、この塀で囲まれた地域は、街並み保存地区になっているから、いろいろと都合がよいのだという。

家は外からも内からも構造が見えなくなっており、いわば忍者屋敷のような感じらしい。

昨日の私たちは8人くらいで、仕事の外出の帰りにラ

もっとみる

カフェで彼女は

 今日も、いつもと同じ一日がやっと終わった。

 私は疲れた体でいつもと同じように会社から駅までの道を歩いている。

 時刻は夜9時になるところだが、これから遊びに出ていく若者たちで街は活気づいている。

 疲れたな……。

 そうだ、一杯だけワインを飲んで帰ろうか。

 会社からの帰り道にはいくつかのカフェがある。ケーキやパルフェが華やかな夜お茶カフェ。同僚とたまに飲みに行くクラフトビールカフェ

もっとみる

空き部屋あり

道路に面して摺りガラスの窓のある、2階建てアパートの前を通っていた。

2階はそれなりに入居しているようだが、

1階は摺りガラス越しにカーテンが透けて見える部屋は少なく、

左から順に、

空き、空き、入居、空き、入居、

となっているようだった。

なぁんだ。ここに部屋借りようと思ったら結構あいてるなぁ。

そう思ってちょうど左から4番目の部屋の前を通り過ぎようとした時。

その部屋にだけ貼っ

もっとみる

夏草の夢の跡

わたしにとって夏といえば、田舎の祖父母の家での思い出が大きい。

祖父が60年も前に建てた家だったが、祖父亡き後、高齢の祖母のため内装や建具を改築したので、今は新しい家のようだ。

バリアフリーで整然とした明るい家は、生活しやすくなったとは思うが、それが良い事だったのかどうかは、未だにわからない。

その後、祖母も亡くなってしまったので、今となっては祖母がどう思っていたのか聞く術もない。

ひやり

もっとみる

蜘蛛女

私はその日、早朝から顧客のもとに向かっていた。

自宅から遠い場所なので、私は眠い目をこすって早起きをし、まだ暗い早朝から家を出てその電車に乗った。

普段利用している電車ではないため、乗る時間や乗継も前日に調べておき、準備は万全だった。

そのはずだった。

それが、こんなことになろうとは……。

その路線は幹線で複線になっているため、普段は滅多に止まることがなかった。

その日に限って、それも

もっとみる

江ノ島小景

その前日、音楽の階段教室で、ももさんとわたしは「明日学校をサボろう」と、小さな冒険を企てた。

高校3年の2月。進学する大学も決まり、学校の授業も音楽や家庭科が中心の消化モードになっていた。

6年一貫の女子校で、品行方正にやってきたというよりは、悪いことに誘われる機会も想像力も持ち合わせず、のほほんと高校生活を送ってきた。

一度、学校をサボるというのをやってみたかった。

決行当日、わたしたち

もっとみる

夏の夕景nostalgia

おふろのお湯のにおいと、夕ごはんを作るいいにおいがして、大きく半面を網戸にした窓からレースのカーテンを膨らませて外の風が入ってくる。

風はぬるくて、暑かった今日一日をようやく終えようとする、夕方らしいにおいがする。

外で近所のおばちゃんが立ち話していて、何やら笑い合う声がしたと思うと、じゃあねー、どうもーと、別れる声が聞こえてきて、パタパタとサンダルで歩み去る音がする。バタン、とどこかの家のド

もっとみる

冬を想像してみる

麻のシーツから、綿のシーツに戻す。

タオルケットから毛布に変える。そのうち毛布だけじゃなく羽毛ふとんも必要になる。

部屋に裸足でいるのがつめたく感じられるようになり、むきだしだった床にはラグを出してきて敷く。

ついでにオイルヒーターもだしておく。

布のあったかいにおいが心に沁みるようになり、ニットが恋しくなる。

ふくふくとニットを着て、幸せにひたる。

ジャケットを着て会社に行く。スプリ

もっとみる

文章を書くということ

文章を書くこととは、パズルをはめることだと思う。

パチリ、パチリ、と規則正しい音をさせながら、パズルのピースが台座に漏れなく隙なく嵌まって行く。

台座はそもそも規則正しく敷き詰められていて、どのパーツも外せない。

下絵は最初から決まっているのだ。

どこに嵌めてよいかわからないけど、どこかに嵌める必要のある言葉。

この表現がこの文章には必要なことはわかっている。

まだそれを置くべき場所が

もっとみる

何人目のわたし

ときどき、ほかのわたしは何やってるだろう、と考える。

あのとき試験に受かっていたわたし。

あのときピアノをあきらめなかったわたし。

あのとき仕事をやめなかったわたし。

あのとき彼と結婚して地方に移り住んだわたし。

新幹線がそばを通る小さな部品工場で検品の仕事をしているわたし。

海近くの街でカフェを開いて夜は文章を書きながら過ごしているわたし。

海外で結婚してハーフの子どもを産んで毎日

もっとみる

ねむれないよる

旅行の前の日。

ドキドキした日。

けんかをした日。

昨日寝すぎた日。

ただわけもなく。

そんなときは、

右に左に寝返りをうったり、

考え事をしたり、

考えを頭の中から追い払ったり、

いっそ電気を点けてノートを開き、考えを書きつけてみたり。

ねむれない時間。

携帯の画面で時間をみる。まぶしい。

さっきからもう1時間経ってしまった。

明日早いのに。

明日大事な予定があるのに

もっとみる