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書評

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主に新刊ノンフィクション本を褒め讃えるレビュー。
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【書評】戦略ごっこ―マーケティング以前の問題 (著)芹澤連 日経BP

【書評】戦略ごっこ―マーケティング以前の問題 (著)芹澤連 日経BP

本書は序盤からマーケティングの定説めいたものに疑問符を投げかけており、エビデンスを照らし合わせるとどうやら何の根拠もないデタラメマーケターがはびこっていることを歯切れよく指摘してくれているため、痛快で学びの深い一冊でした。

基本姿勢を懐疑的とする自分のような拗ね者にとって、こういうバッタもんを炙り出す類の本は垂涎ものです。

じっさい、「それホンマ?」とか「自分だけちゃうの?」とうっすら思ってい

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【書評】迷いを断つためのストア哲学 (著)マッシモ•ピリウーチ 早川書房

ここ最近、私事で心を激しく揺さぶられ、狼狽してしまうようなことが起こったのですが、こうした状況で事にあたると大概はうまくいかないので、一度問題から距離を置くようにしました。ちゃんと休養と栄養を取り、コンディションを整える。
その一環として、本書を久しぶりに読むとそれはそれは、私にとってはなんとも頼もしいものでした。曰く、「自分にコントロールできることに集中する。」

ストア哲学の根幹を成すこの教え

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なぜ今、仏教なのか

なぜ今、仏教なのか

マインドフルネスと聞けば、それがとりもなおさずセルフメンテナンスの一つの方法として受け入れられているが、瞑想と聞くとどうだろうか。
実際、10年ほど前までは訝しく見られ、市民権を持ったものではなかったような気がする。

火付け役となったのはやはり、禅を取り入れた故•スティーブ•ジョブズによるところが大きいだろう。彼はここでもイノベーターであった。
西海岸のシンボリックな存在とあって、成功の秘訣が禅

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極夜行 著・角幡唯介 文芸春秋社

「白夜」はノルウェーをはじめ、北欧諸国で夏季に体験できるとして、ツアーに組み込まれているような人気の高いものですが、「極夜」についてはどうでしょうか。

北欧からさらに北へ進み、グリーンランドの北緯79°のあたりでは冬の約4か月間にわたって、一度も太陽が昇ってこない真っ暗闇に包まれます。これが極夜です。

チベットの峡谷に人類未踏の地である「空白の5マイル」を記したことで、処女作にして開高健ノンフ

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天佑なり 高橋是清•100年前の日本国債 (著)幸田真音 角川書店

天佑なり 高橋是清•100年前の日本国債 (著)幸田真音 角川書店

無謀と見られた日露戦争に突入し、大金星をあげたことは小学校の歴史教科書で既に学ぶところであり、司馬遼太郎の代表作「坂の上の雲」でありありと描かれているわけですが、その戦争を可能にした「カネ作り」に奔走した人間がいます。高橋是清その人です。

明治維新の旗振りのもと、欧米列強に伍していこうと「殖産興業」「富国強兵」の大合唱で世の中が活発になっていくわけですが、国内の財力とマーケットだけで軍費を賄える

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心に狂いが生じるとき

心に狂いが生じるとき

精神科医として、診療の現場で長年奮闘してきた著者による、ハッとさせられることの多いドキュメンタリー作品です。
本書を読むと、1人の人間にとってみればむしろ、心を安穏に保って生きていくことの方が得がたい大事業に思えてきました。
それくらいに心は緻密で、有機的なうごめきを絶えず続けているようです。
とある都内に住むシングルマザーは、自宅の郵便受けに新聞が焼け焦げて投函されていた奇妙な件をきっかけに、子

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反脆弱性 (著)ナシーム・ニコラス・タレブ ダイヤモンド社



世の中は不確実性で動く、瞠目すべき事実

新型コロナウイルスの世界的な蔓延、ロシアによるウクライナ侵攻、安倍元総理暗殺、トルコ・シリアの大地震、世界的なインフレ。
このわずか3年の間に、これだけの衝撃的で悲痛な出来事が起こることを、いったい誰が予測できたことでしょうか。
本書が邦訳版として出版されたのはおよそ6年前でありながら、これらの出来事が現実となった今から省みても、世の中がいかに不確実性

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「おのずから」と「みずから」

「おのずから」と「みずから」

背表紙のタイトルだけで勢いそのまま、購入してしまった一冊です。蓋を開けてみれば何のことはない、極めて硬派な思想史でした。それでも絶えず面白いのが不思議です。
「おのずから」と「みずから」は、あえて名詞に直せば「自然」と「自分」となり、一見すれば相反する事象を表すように思えるのですが、いずれも自(か)らと同じ漢字を使った言葉です。
本書はこのことがまさしく日本思想を象徴するとして論の起点としており、

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13日間 - キューバ危機回顧録 (著)ロバート•ケネディ 中公文庫

13日間 - キューバ危機回顧録 (著)ロバート•ケネディ 中公文庫

読んでいる最中、ずっと背筋の凍るような思いのする、そんなドキュメンタリーの古典的名著です。

なんせ、場面はキューバ危機のアメリカ首脳部が苦慮に満ちた高官会議。

著者のロバート・ケネディ氏はJ.F.ケネディの実弟であり、キューバ危機の中にあっては司法長官としてこの会議に参加をした人物です。

世界が最もアルマゲドンに近づいたとあって、この会議は人類史上でも類を見ないほどシリアスな雰囲気に包まれ、

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絶対悲観主義 著・楠木健 講談社+α新書

絶対悲観主義 著・楠木健 講談社+α新書

どうせうまくいかないけど…

自分を肯定することこそが絶対善とされるアファメーション派などからすれば、「どうせうまくいかない」なんて発想から物事が成功するはずがないとバッサリいかれそうですが、著者はどこかひょうひょうとしていて、「どうせうまくいかないけど、ま、やってみっか」という風で、自分にも他人にも期待をしない、ツマミを思いっきり悲観に振り切った生き方を提唱しています。これを「絶対悲観主義」と銘

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運動の神話 著・ダニエル・E・リーバーマン  早川書房

運動の神話 著・ダニエル・E・リーバーマン  早川書房

前作の「人体600万年史」からすっかり著者のファンとなった私は、本書を避けて通ることができなかった。
巷でよく耳にする運動についての11の神話に対し、進化生物学のフレームワークからその妥当性を見ていくのが本書である。
一つ例を挙げると、現代人は座り過ぎていることで身体の変調が起こっているから、古代人のように歩き回って活発に過ごすべし、というものがある。
膨大な一次資料を漁り、ときにアマゾンの原住民

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命売ります 著•三島由紀夫

晩年に書かれた作品であるためか、屈折した人間の心理が描かれ、轟音のような残響が頭から離れない「金閣寺」や「仮面の告白」のような、著者の代表作とはまるで似つかない、サラッとしたサスペンスとして読むことができる。

が、しかし、ストーリー性のみに寄りかかるような単なるハードボイルド作品にこのまま落ち着くのだろうかと疑念が湧くころに、「死」をテーゼとした問いかけが次第に大きいものとなっていく。

実際、

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海と毒薬 著•遠藤周作

海と毒薬 著•遠藤周作

書評書こうとしたけど、なんだかWikipediaっぽくなってしまった。。

米軍捕虜を生検解剖した実際の出来事を基に描かれた小説である。

都心から1時間ほど離れた郊外町の風変わりな町医者は、世捨て人のような風体で患者を取る。肺結核を患い、気胸療法の宛てとしてこの医師にかかるようになった主人公?は唯一の身寄りとして、懐妊中である妻の妹の結婚式に参加するべく、福岡県F市に赴く。院内の希少な手がかりか

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AGELESS「老いない」科学の最前線 アンドリュー・スティール (著)  NewsPicksパブリッシング

AGELESS「老いない」科学の最前線 アンドリュー・スティール (著) NewsPicksパブリッシング

洋の東西を問わず、どんな偉人たちがどれほど金を積んでもなし得なかった不老不死が、本当に実現されるかもしれない。
本書はその序章で老化による死を「パンデミック」と称し、明らかな死因である病死や感染症などと並べて、それを克服可能なものであるとして扱っている。
確かに、老化は生き物としての定めとして、生きることと死ぬことは分かちがたいものであるという認識は、これもまた古今東西変わらぬものであり続けた。

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