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本のこと

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『悲しみよ こんにちは』

『悲しみよ こんにちは』

短くも長い人生を歩んでいると、人との関わりの中で他者にこんな気持ちを抱くことがあります。

自分とは全然ちがうタイプだけれど妙に惹かれる

8割くらいは好きだけど、残りの2割はどうも受け入れられない

嫌いじゃないけど、一緒にいてなぜかもやもやする

そんな相手とは思いのほか仲良くなったり、対立したり、絶交してしまったりといろいろですが、こうした感情というのは、言い表すことが難しく、心にわだかまり

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世界とひきかえに愛した自分

世界とひきかえに愛した自分

半額シールのついた大トロのパックを手に取りながら、著者はふと絶望する。
「人生って、これでぜんぶなのか」

自分を取り巻く世界がとても小さなものに思えたり、反対に、とてつもなく大きく感じられたりすることがある。

たとえば一日の大半をベッドの上で過ごした時。重い腰を上げてやっとの思いでコンビニに行き、「袋いらないです」がその日初めての発話だった時。その自分の声が、お世辞にも人の声とは言えないほど情

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とるにたらない、生活を愛する

とるにたらない、生活を愛する

いろんな幸福を知ってるひとだ。

石鹸、砂糖、カクテルの名前、りぼん、小さな鞄、お風呂、箒と塵取り、日がながくなること……。
ありふれていてささやかだけど愛おしく、なぜか気になってしまうものやことについて書いたエッセイ集。

この本で挙げられているものものは、ほんとうにとるにたらないのだけど、彼女の生活、知性、思い出、ユーモアが滲んだやさしい文章を通してそれらをみると、とたんに愛すべきものに感じら

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風流は陰の中に

風流は陰の中に

私は以前、noteでこんなことを書いていた。

大学の教授にいつの間にか変態扱いをされていて、ショックだった故に、長らく谷崎潤一郎を読めなかった、というくだらない話である。

この記事を書いたのは、もう1年以上前だ。その間、私は谷崎潤一郎の作品に一度も手を出していなかったが、自らの「呪い」を解き、ついに読んでみた。

新潮文庫の美しい装丁、魅惑的な漢字の連なり。

ずっと前から気になっていた。陰翳

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その本は読まれるのを待っているけれど

その本は読まれるのを待っているけれど

本棚は思考の網目そのものである。

本は開かずとも、そこにあるだけで人に影響を与えるものだ。だからこそ本棚は、全ての本の背が見えるように使わなければならない。

本の背の前に本を積んだり、物を置いたりしてはいけない。今の自分の思考を作るもの、これから考えようとしていることを、つねに一覧で見られるようにしておくべきだ。

そんな主張をどこかで読んだことがあった。
その主張に、私はおおむね同意している

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今日見つけたいい言葉

今日見つけたいい言葉

春服の準備もままならないのに、突然あたたかくなりました。

私は花粉に侵された目をこすりながら遅くに起き、窓を開けると、季節の変わり目を示す香り豊かな風が部屋に入ってきて、すっきりとした心持になりました。その匂いはどこか、ジンジャーエールを思わせるさわやかさがあって、のどが渇いていることを思い出しました。

パジャマのまま『古今和歌集』「仮名序」の冒頭のことをふと考えていて、もういちどじっくり読み

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『詩のこころを読む』

『詩のこころを読む』

詩そのものよりも、その詩についてうれしそうに熱をこめて語る著者の文章に、ひどく感動してしまいました。

一編の詩が「すばらしい」ということを、なんて果てしない想像力とうるおいのある言葉で表現してしまうのかしら。

いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります。いい詩はまた、生きとし生けるものへの、いとおしみの感情をやさしく誘いだしてもくれます。どこの国でも詩は、その国のことばの花々です。

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本の背をただ眺めている人が愛おしくて

本の背をただ眺めている人が愛おしくて

ひさびさに大きな本屋に立ち寄った。

特に目的もなく行く本屋ほど、贅沢な場所はないなと思う。

目当ての本があるわけでもないので、私は店内の隅から隅まで、たんぽぽの綿毛みたいに気まぐれにふよふよ歩いては、気になった書棚の前でぴたりと足を止める。

どんどん本を手に取って開くわけでもなく、ただただ本の背を眺める。この時間が好き。

本とは選ぶものではなく、出会うものだと思っていて。
キザな言い方かも

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谷崎潤一郎を読まないのは

谷崎潤一郎を読まないのは

言葉は時々、人を縛る呪いになる。

大学生の頃、フランス文化論ゼミに所属していた。
それまでフランスの文化について、さほど深く学んでいたわけではないけれど、研究でフランス語が必要になったことと、担当の先生が指導熱心だったために選んだゼミだった。

いわゆる「キツい」ゼミとして学内で有名だっただけあって、こなす課題も多く、ハイレベルな要求に耐えられずに離脱した人もいた。

私はそんな中でも、先生の個

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生きる意味と無意味をめぐって◆三島由紀夫『命売ります』

生きる意味と無意味をめぐって◆三島由紀夫『命売ります』

三島由紀夫『命売ります』(1968年)

いくつも読んできた三島由紀夫の作品の中でも、圧倒的な読みやすさとユーモアがつまったこの小説は、私の大好きな作品の一つ。

なぜか暑くなると読みたくなり、毎夏のように再読しています。

今回はこちらの作品のご紹介と、すこしばかり考察をしてみます。

※ネタバレありますのでご注意ください。

あらすじ広告会社でコピーライターとして働く27歳の山田羽仁男。

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