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Re:set


ふとした時に私を襲う絶望は、音を立てない荒波のように、私を深い暗闇の中へと引きずり込んでいく。

私は絶望的な気分で波に飲み込まれて行く。
少しずつ呼吸が出来なくなっていく。

私の胸の内に、黒い渦が沸き起こってくる。

あぁ、どうして。
どうしてまたこうなるんだ。

何か悪気がある訳では無い。
でも、私には周りの人の『普通な』ことが出来ない。

誰かの願いを叶えるたびに、ため息が零れる。
どうして私は、自分を大切に出来ないのだろう。

私はそんなとき、お酒に頼る。
一人でしっぽりと飲むお酒は、私を慰めてくれる。

こんなんじゃダメだと分かっているけれど、
私はどうしてもお酒に頼ってしまう。

「俺みたいな人は、海で鉄球を足に括りつけて泳いでる人と似てるんだ。周りのみんなは勝手に体が浮くのに、俺は何とかもがいて体を浮かせるので必死なのさ。『生きづらい』とか言った日には『甘えてる』とか『努力が足りない』とか言われる。じゃあどうしろってんのか、教えてくれよ」

「生きていくというだけで、精一杯なんだ。もう許してくれよ。俺が何したってんだ。足に鉄球がついてるのに溺れてたら石投げられるんだぜ周りから」

いつも人が少ないバーに行ってじっと一人で考え事をすることが多いけれど、今日は珍しく別のお客さんがいる。

『海で鉄球を足に括り付けられて泳ぐ人——』

私のことだと思った。

生きていくだけで、こんなにも苦しい。
上手く生きていけない。

でも、絶望ばかりという訳でもなくて、稀に幸せを感じるときもある。

だから、「死にたい」なんて極端なことは思わないけれど、「どうやって生きていったらいいのか分からない」と思ってしまう。

毎日が全て幸福であって欲しいとまでは思わない。
でも、もう少し穏やかな生活が欲しい。

また酔っぱらいのおじさんが言う。

「望んで落ちぶれたいやつなんていないんだ」

本当に、そうだと思う。

あぁ、コーヒーに淹れる砂糖とミルクのように、人生の苦みをすっと薄くしてくれるようなものが、あればいいのに。

私はまだ、そういったものに出会っていない。

お酒に頼ってばかり。

強くしなやかに生きていきたい。
人間は不合理な生き物だ。

そろそろ現実世界に戻っていかなければならない。あぁ、嫌だな。あんなおじさんみたいな年になっても、悩みは尽きないんだろうな。

夜が明ければ私はまた、苦しい現実に戻っていかなければならない。ずっと、夜のままだったらいいのに。みんな、休んでいる。

みんなが休んでいるのだという事実が、私の心を少し落ち着けてくれる。明日なんて来なければ、もうこれ以上傷つくことなんてないのに。

上手く生きていかなくてはならない。
でも、『生きていく』って、本当になんなんだろう。

自己治癒の時間が、私達には必要だ。

苦しくなったときに、迫り来る嵐をやり過ごすための逃げ場が必要だ。

こんな最悪な時間も、いつかは笑える日が来ると信じて、生きていかなければならない。私はゆっくりとロックで飲んでいたジャック・ダニエルを飲み干し、肌寒い夜道へと出た。



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