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ぼくの本棚

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心震わせられた一文から。読書の足跡。
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#小説

『濹東綺譚』永井荷風を読んで

『濹東綺譚』永井荷風を読んで

“溝の蚊の唸る声は今日に在っても隅田川を東に渡って行けば、どうやら三十年前のむかしと変わりなく、場末の町のわびしさを歌っているのに、東京の言葉はこの十年の間に変われば実に変わったのである。”

誰しもが、「物語を生きている」と、そう思う。

「煙草屋までの旅」という言葉があって、気に入ってる。

意味は、歩く人が歩けば、例え近所の煙草屋までの歩みだったとしても、異国に旅するほどの情味を感じることが

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【読書】きげんのいいリス トーン・テレヘン 訳 長山さき

【読書】きげんのいいリス トーン・テレヘン 訳 長山さき

ここに書かれているのは

きっと、大人になればなるほど忘れていく原色の自分について

だれも答えてはくれないし、だれも答えなど知りもしない

自分だけの〈願い〉と〈疑問〉が隠されたどうぶつたちの物語

◆あらすじ 

〈叶った夢・叶わない夢・叶っている夢〉

 一度でいいから、ひっくりかえる。そんなサギの〈願い〉は、

 原題『ほんとんどみんなひっくり返れたーBijna iedereen kon

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【読書】砂の女 安部公房

【読書】砂の女 安部公房

同じことの繰り返し……いつも、別なことを夢みながら。身を投げ入れる相も変わらぬ反復……食うこと、歩くこと、寝ること、しゃっくりすること、わめくこと、交わること……

 時間。これほど身近で掴みどころのない存在はないと思う。なにも、地球と他の惑星とで流れている時間は違うなどの大きな話ではなくて。もっともっと身近な話。子どもの時は1年がとっても長かったのに、次第に1年は短く短くなっていく。まるで、別の

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【読書】 風の中のマリア 百田尚樹 ー生きる目的ー

【読書】 風の中のマリア 百田尚樹 ー生きる目的ー

戦って生き抜くのよ!

 30日の命を燃やすオオスズメバチのワーカー(働き蜂)の世界を描く作品『風の中のマリア』。巣を構成するのは、全員がメスという女性社会。人間とおなじように、社会性を持ちながらも、個々の役割が決まっている彼女たちの一生を追う、独特な作品です。

 メスで、生殖機能を持ちながら、子供を生むことができないワーカーのマリアたちが「私たちはなんのために生まれてきたのか」という生の理由を

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【読書】 人間失格 太宰治ー魂の傷ー

【読書】 人間失格 太宰治ー魂の傷ー

弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられることもあるんです。

 『人間失格』を初めて手に取ったのは、中学生終わりの方でした。当時の読後の感想は「気持ちが悪い作品だなぁ」としか思えなかったのです。主人公の葉三の生い立ちから、失踪までを描く文章に、人間はここまで自己否定して生きて行けるのかと愕然としていました。

 10年経って、再び読み直してみると、全く別の感想を

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【読書】ヴェニスの商人 シェイクスピアー虚飾ー

【読書】ヴェニスの商人 シェイクスピアー虚飾ー

自分の心に満足を得ました者は、それでじゅうぶん報いられたのです。私は、あなたをお救いすることができまして、満足いたしています。それでじゅうぶん報いられたと思っております。私は、今まで、心の満足以上の報酬を望んだことがありません。             p、152ボーシャ

 1ポンドの自らの血肉を、友情に捧げた男。欲と憎しみに駆られて、娘も財産もすべて失う男。無一文の青年に、永遠の愛を誓う女。誰

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【読書】 しずかな日々 椰月美智子

【読書】 しずかな日々 椰月美智子

人生は劇的ではない。ぼくはこれからも生きていく。

 読書をする。記録をつけて、感想文を書く。だから、読んだ本のあらすじや、感想はいつでも鮮明に思い出すことができるのだけれど、ふっと薄れて消えてしまうような作品に出合うこともある。

 面白くなかった、嫌いだった、という安直な理由ではなく、つかみどころのない、それでいて、いつまでも、香りだけが残っているような作品に出会う。私にとって、その最たる作品

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【読書】ひつじが丘 三浦綾子

【読書】ひつじが丘 三浦綾子

愛とはゆるすこと、ゆるしつづけることー一人の人間を愛し続けることのむずかしさ

 「愛」という言葉の重み。「あなたを愛している」言葉にするのは、恐ろしく簡単だと思う。教会で行われる結婚式で「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」という神父の問いに、「誓

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【読書】 トリツカレ男 いしいしんじ~最高の贈り物~

【読書】 トリツカレ男 いしいしんじ~最高の贈り物~

僕の中でのプレゼントにしたい本。第一位。

いしいしんじ『トリツカレ男』

今回は、いや、今回も一方的な物語への愛情を書かせていただきした。(お付き合い頂けると嬉しいです……)

ピュアなきもち誰かを好きになるという不思議。

見た目。内面。言葉遣い。年収。地位。理想。

年を重ねれば重ねるほど、相手に求める条件が高くなっていきますよね。

だから、「好きになる」がどんどん下心を帯びて、現実的な理

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【読書】 高瀬舟 森鷗外 ~罪の所在~

【読書】 高瀬舟 森鷗外 ~罪の所在~

それは罪と呼べますか? 法律では間違いなく罪なのに、それは本当に罪と呼べるのだろうか?という事件が度々起きている。

 少し前の話になる。

 夫から日常的にDVを受けていた一人の女性がいた。警察に相談すると、この場合は家庭内の問題として取り合ってもらえない。相談する機関、知人の誰もがことごとく、さしたる問題として認めなかった。女性の服で隠された場所には、無数の生傷が絶えなかったのにも関わらず。

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【読書】 斜陽 太宰治~恋すること生きること~

【読書】 斜陽 太宰治~恋すること生きること~

戦闘開始

昭和25年刊行。『斜陽』。

時代に反逆した小説があるとしたら、この一冊を挙げたい。

信じられなかった。女性が女性という理由だけで、自由な恋愛を禁止されていた時代。一生一人の男に操を立て続けるという不文律。

聞こえてくるようだった。「なんてはしたない小説だ」「なんて羨ましい恋だろう」そんな当時の人々の声が。

読み終えて、初めて、「戦闘開始」の意味が分かった気がする。かず子の科白。

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【読書】 堕落論 坂口安吾②

【読書】 堕落論 坂口安吾②

 敗戦直後、これまでの日本人の価値観が一変する。神様と崇められていた天皇は人間であると定義され、憲法は作りなされ、教科書の大部分は黒く塗られた。

 日本人は突如として、実際の生活だけでなく、それまでの生きていく上での心の支えを失ってしまった。よくよく考え見ると、コロナウイルスの蔓延で、現代人も、突如として生活や価値観が一変している。

そんな、日本人の、新たな人間の在り方を模索する道標を示した書

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【読書】宇宙のみなしご 森絵都

【読書】宇宙のみなしご 森絵都

ときどき、わたしのなかで千人の小人たちがいっせいに足ぶみをはじめる。その足音が心臓にひびくと、身体じゅうの血がぶくぶくと泡をはくみたいに、熱いものがこみあげてきて抑えきれなくて、わたしはいつもちょっとだけふるえる。

 森絵都さん。タイトルよりも人の目を引く、ちょっとずるいペンネームだなぁと、彼女の本を手に取る前はいつも思う。絵の都。素敵な名前だと思う。

 そして、タイトルの『宇宙のみなしご』。

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【読書】 変身 フランツ・カフカ

【読書】 変身 フランツ・カフカ

 ある朝、グレゴール・ザムザが不安な夢からふと目覚めてみると、ベッドのなかで自分の姿が一匹の、とてつもなく大きな毒虫に変わってしまっているのに気がついた。

 唯一無二の書き出しともいえる、上記の文章。あまりに堂々と、あまりに如実に描写される『変身』。中島敦の『山月記』では主人公が虎になってしまいますが、カフカでは毒虫(ムカデ)のような虫に変わってしまうのです。

 また物事には原因がつきものです

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