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小説「ポルシェに乗った地下芸人」

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36歳で急に思い立ってお笑い芸人を志した私の自伝的なやつです。 曖昧な記憶と都合が良い記憶改竄がなされている可能性がありますので、あくまでフィクションとしてお楽しみください。
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2021年1月の記事一覧

ポルシェに乗った地下芸人.11

ポルシェに乗った地下芸人.11

「よお、秋川、俺のネタどうだった?」

YU-TAはこちらにあどけない笑顔を浮かべて話しかけてきた。口調とは裏腹に好青年のような朗らかさを感じる。

「YU-TAさぁん、観てましたよぉ、面白かったですぅ」

甘えた口調で興奮気味に答えるアキちゃん。実に気持ちが悪い。

そしてアキちゃんは他の芸人のネタなど全く観ていない。ビルの裏手でネタ合わせもせずにスマホを眺めていたのだから。

まあ、YU-TA

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ポルシェに乗った地下芸人.10

ポルシェに乗った地下芸人.10

舞台に出ていく。ライブは2回目だが、たくさんのスポットライトの下に出ていくのは実に興奮する。

緊張もあるが、舞台に出れば「やるしかない」とハラが決まって声が出る。

「こんばんわ〜、ジョニー小野です!!」

これだ。夜なのだから挨拶は「こんばんわ」に決まっている。ちなみに、「こんばんは」ではない。

この「は」こ「わ」かを意識することで、声のトーンや発音に微妙な違いが出る。僕はあくまで「こんばん

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ポルシェに乗った地下芸人.9

ポルシェに乗った地下芸人.9

ライブが始まった。金属扉の向こうに耳を澄ませる。

「はいどうもー」。1組目は漫才師らしい。

「俺、お笑いで売れなかった時のためにコンビニ店員の練習したいんだけどいいかな」

お前らは売れてないし売れない。まず、「はいどうもー」という模倣を安易にしている時点でお笑いへの適性がないではないか。

勝手に批評してしまう。これは僕の習慣だから仕方ない。

しかし不思議だ。なぜ彼らはバイトの練習をするの

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ポルシェに乗った地下芸人.8

ポルシェに乗った地下芸人.8

開演時間の19時が近づき、薄汚いビルの裏手は薄汚い芸人で混雑してきた。

生乾きの臭いがそこらじゅう漂っている。こいつらには洗濯用漂白剤という知識が無いのだろう。

雑菌だらけの洗濯機で雑菌まみれの服を洗い、空気の淀んだ部屋に干している。だからこんなに臭いのだ、

そもそも、これだけ自分の服が臭い事をどう思っているのだろう。

僕はポルシェで来ている。こいつらはきっと電車だろう。この臭いで公共の交

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ポルシェに乗った地下芸人.7

ポルシェに乗った地下芸人.7

アキちゃんとの挨拶をした僕は、とりあえず衣装に着替える事にした。

蒸し暑い初秋に雑居ビルの裏手で室外機のぬるい風に吹かれて屋外で着替えをする。

うん、実にアングラでかっこいいじゃないか。

着替え終わった僕は、念のため裏口から舞台袖に行ってみた。

やたらと重い金属製の古びたドアを強くひっぱる。

舞台の真裏にあるとは思えないギギッという嫌な音を出して開く。中に入ると真っ暗な、黒いカーテンに仕

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ポルシェに乗った地下芸人.6

ポルシェに乗った地下芸人.6

子供が生まれた。妻は1週間ほど入院するらしい。

となると、毎日顔は出さないとまずいだろう。僕はわりと仕事の時間に自由が効くから、合間の時間で顔を出そう。

それはそれとして、明日はお笑いライブ出演だ。新宿のヒルトンホテルで高いコーヒーを飲みながら作った会心の下ネタ漫談。衣装だって、黒いツナギに変える。これはウケないはずがない。

誰もいない家で、ガサガサと押入収納ボックスを漁る。

あった、ツナ

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ポルシェに乗った地下芸人.5

ポルシェに乗った地下芸人.5

ネタを書き終えた僕は、会計をしてカフェを出る。

ついつい注文してしまったケーキと追加の飲み物で2,000円を超えてしまったが、良い環境でこそ良いネタは生まれる。これは必要な投資なのだ。

駐車場からアルピナを出して家に向かう。時間は21時を過ぎた頃で高速道路はまあまあ流れている。小一時間で自宅に着くと、妻がおなかが張ってきたと言う。

数日後に予定日を控えている。もしかしたら陣痛なのかもしれない

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ポルシェに乗った地下芸人.4

ポルシェに乗った地下芸人.4

メタリックが煌めくグリーンのアルピナB3ビターボは、新宿ヒルトンホテルの地下駐車場に続くスロープを滑り降りていく。

いや、ここのスロープは幅が狭く傾斜も急なので滑るようには降りていけない。

そろそろと、車幅を気にしながら下る。スロープを降りきったところで、ザサッと車の底を擦る。アルピナは絶妙な車高なんだよなぁと思いつつ車を停めてロビー階に上がる。

パティスリーショップを眺めながらカフェへ向か

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ポルシェに乗った地下芸人.3

敗北の初舞台。

元来の負けず嫌いというわけではなく、「まあ、ウケるっしょ」というあまりに安易な考えで人前に出て、なかなかの恥を晒してしまったという後悔が胸の奥を重くする。

空腹を堪えきれずに買い食いした肉まんを喉に詰まらせたような、焦りにも似た息苦しさに僕は耐えきれなかった。

この胸の詰まりを解消するには、ウケるしかない。人を笑わせるしかない。

子供の頃から「小野ちゃんはひょうきんだなあ」

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ポルシェに乗った地下芸人.2

ポルシェに乗った地下芸人.2

初めてのライブ出演。

3,000円払って出演時間は3分。

一時間換算にすれば6万円である。どんな高級ソープランドだよ。

しかも、全然笑いが取れていないから、終わってからも本当につまんない。初舞台の感触もない。ただただ茫然としただけ。

この感じ、前に味わったことがある。

そうだ。学生時代に終電で王子のパチンコ屋に向かい、翌日の新台入れ替えに並んだ時だ。

一緒に行った友達から借りたスラムダ

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ポルシェに乗った地下芸人.1

ポルシェに乗った地下芸人.1

今から5年前の8月。36歳で僕はお笑いの舞台に立った。

娘が産まれる約一月前。

中野にある雑居ビルの地下一階。濃厚なカビが香る、20人も入れば超満員札止めが出るような小さな劇場である。

その時のじっとりとした緊張は今でも思い出す。

飛鳥製薬という実在する会社をテーマにしたフリップネタ。

フリップネタというのは、画用紙などに書いたり印刷したネタをめくりながらしゃべる形式のネタである。

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