ポルシェに乗った地下芸人.4
メタリックが煌めくグリーンのアルピナB3ビターボは、新宿ヒルトンホテルの地下駐車場に続くスロープを滑り降りていく。
いや、ここのスロープは幅が狭く傾斜も急なので滑るようには降りていけない。
そろそろと、車幅を気にしながら下る。スロープを降りきったところで、ザサッと車の底を擦る。アルピナは絶妙な車高なんだよなぁと思いつつ車を停めてロビー階に上がる。
パティスリーショップを眺めながらカフェへ向かう。ここのバナナブレッドは絶品なんだよなぁ。帰りに買って帰ろう。
カフェについて席に案内される。なかなかシビれるお値段の紅茶をオーダーしてスマホを立ち上げる。
さあ、どんなネタにしようか。
前回の飛鳥製薬からのASKA、そしてのりピーで締める3段コンボは驚くほど不発だった。
いや。あれはライブの雰囲気が良くない。客層が僕に合わなかった。
とはいえ、一度ウケなかったネタをもう一度やるのは怖い。次もウケなかったら僕は面白くないという事になってしまう。ネタが悪かったという事が証明されてしまう。
これは辛い。絶対に避けなければ。
フリップネタというのはネットで調べた通り、確かにネタを完全に覚えなくてもよい。ネタを忘れてしまってもフリップを見れば思い出せる。
しかしだ。
フリップを使う事で僕がビギナーである事がバレてしまうのではないだろうか。出演者全員が名前も知らない芸人のライブを観に来るような客だ。こちらがビギナーだと分かったら、マニア特有の排他的な感情で僕を「つまらないやつ」と決めつけるだろう。
そして舞台に出る時のスーツだ。自宅に仕立て屋を呼んで作らせている舶来生地のオーダースーツである。ハンドステッチも多用されている。一目で高級品であると分かるはずだ。
普段の仕事着であるスーツでは、お笑い芸人感が無い。きっと客は場違いなやつだと切って捨てるだろう。
そうだ、何年も前に着ていた作業用の黒いツナギがある。あれを着よう。本物の作業着を舞台衣装にするとは、独創的だ。お笑いはこういうオリジナルの発想が大切なんだよ。きっとお笑い養成所では派手なスーツを着るように教えているんだろう。どんなビジネスも発想の裏側に行かないと勝てないんだよ。
よし、衣装は決まった。ネタは漫談にしよう。
マイクの前に1人で立って話をして笑わせる。これはかっこいい。お笑いビギナーとは思われないはずだ。
では、どんな漫談にしようか。
よし、下ネタにチャレンジだ。
ライブなのだからテレビではできないネタが求められるはずだ。僕だってそうだから。
わざわざお金と時間を使ってライブに足を運ぶ。テレビでやるようなネタはテレビで無料で観ればいい。YouTubeで観ればいい。
でも、金を払ってまでお笑いライブに出ている芸人というのは三流かそれ以下だから、その需要に気がついていない。テレビでやるようなネタの劣化版をやっている。
漫才師ぶっている漫才、コント師ぶっているコント。そんなものは面白くない。
このマーケティングのセンスが経営者なのだ。
このアイデアに死角は見当たらない。
ツナギを着て下ネタの漫談をする。
もう、爆笑は取れたも同然である。やる前から勝ち筋が見えているのだ。
こうして僕は黙々とスマートフォンに思いつく限りの下ネタ小噺を入力し続けた。
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