ポルシェに乗った地下芸人.3

敗北の初舞台。

元来の負けず嫌いというわけではなく、「まあ、ウケるっしょ」というあまりに安易な考えで人前に出て、なかなかの恥を晒してしまったという後悔が胸の奥を重くする。

空腹を堪えきれずに買い食いした肉まんを喉に詰まらせたような、焦りにも似た息苦しさに僕は耐えきれなかった。

この胸の詰まりを解消するには、ウケるしかない。人を笑わせるしかない。

子供の頃から「小野ちゃんはひょうきんだなあ」で通ってきた僕である。

こんなところで躓いてなるものか。僕は面白いんだ。だって、いつも人を笑わせてきたんだもの。

車仲間と月に一回、夜の首都高パーキングで語らうときも。

「BMWオーナーって、すぐにポルシェの悪口言うよな」

「ベンツの小さいやつ乗ってるヤツの粋がり方が一番タチ悪いよな」

僕の誇る鉄板車あるあるで仲間たちを爆笑させてきた僕なのだ。

そもそも、車は鉄板でできている。なのに「鉄板車あるある」とはこれいかに。

ここまでで1セットである。面白いはずだ。笑わないのは、お笑いライブ特有のルールや法則があるのだろうか。

もしくは、新参者の僕に対する警戒心やジェラシーなのではないだろうか。

36歳でお笑いライブにいきなり出演するという行動力、社長という経歴、時間と経済的な余裕。

全てを羨んでいるのだ。嫉妬だ。妬みだ。嫉みだ。嫉み(そねみ)?そねみって何だろう。なんとなく大食いのギャルの顔が浮かぶが、きっと関係ない。

結論が出た。

この前出たライブは、きっと質が悪いのだ。会場が悪いのだ。もっと違うライブに行けば僕はウケるはずなのだ。

そう思った僕は、ネットのお笑い掲示板に書いてある新宿で開催されるというお笑いライブにエントリーのメールを送信した。

2週間後の木曜日の夜。ん?妻の出産予定日が3日後だ。まあ、大丈夫だろう。初産は遅れることはあっても早まる事は稀だとネットの知恵袋に書いてあった気がする。

何にしてもネタを作らねば。

ライブの質が悪かったにせよ、この前のネタは縁起が悪いしやめよう。新しいネタを作るのだ。

そしてwordを起動する。モニターを睨みつける。あまりに怖い顔をしていたのだろう。大学生のインターンが「社長、すみません。私が何かミスをしましたでしょうか?」と深刻な顔で言ってくる。

「いや、君にミスはない。こちらの問題だから気にしないように」と言うものの、険にまみれた顔では説得力が無い。

必死にパソコンに向かって何か作業をするインターン。

キーボードを叩く音が気になってネタが作れない。

そうか、僕は作家タイプだから集中できる環境が必要なのだ。

「ちょっと外出してくる。17時になったら鍵閉めて帰っていい。鍵はポストに入れといて」

そう言うと、僕は駐車場に向かった。愛車BMWアルピナB3ビターボを出庫する。

滑らかな直6ターボエンジンが静かに起動する。

実にシルキー。そしてミルキー。

そんな事を考えながら、新宿に向かう。作家たるものヒルトンあたりでお茶でも飲みながらネタを練ろう。

よし、そうしよう、そうしよう、双子葉植物。

こうして、頭のおかしい経営者を乗せたアルピナは外堀通りを軽快かつ芳醇なエンジン音を奏でながら、新宿に向かうのであった。

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