「東大教授が語り合う10の未来予測」 VUCAの時代だからこそ、知の旅へ
今回は、「東大教授が語り合う10の未来予測」という書籍を取り上げました。
「現代はVUCAの時代だ」
と言われています。
VUCAとは、Volatility (変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の略。
つまり、現代は不確実性が高く予測が困難な状況であるということで、そんな時代に生きる私たちにとって、未来を見据えることはますます困難になっています。
だからこそ、著名な東大教授たちが繰り広げる対話の中に、その厳しい現実に光を当てるものがあるのではないかと、手に取った一冊です。
雑談形式で書かれているため、理解しやすく、かつ魅力的な読み物となっているので、大変お勧めの一冊です。
その中でも、健康に関することに関して、簡単にまとめてみました。
●1000歳まで生きる人間を作ることは可能か
(理学系研究科科学専攻 合田圭介教授のお話より)
老化に関する研究は、マウスや昆虫レベルでは、寿命を数倍伸ばすことは可能とされている。
老化は細胞レベルで起こる現象であり、細胞の老化に関する遺伝子がどこにあるかわかれば、その遺伝子をノックアウトや改変によって寿命を延ばすことが可能。
また、細胞は紫外線など外からの様々な刺激に対して、自分をプロテクト(保護)し、ゲノム(遺伝情報)が壊れたときは修復する機能もある。
これらの保護・修復機能を活かすことで、基本的に老化は防ぐことができるとされている。
そしてそれを人間に適応したら、1000歳や1万歳まで生きることもあり得る。
しかし、寿命だけ伸ばすだけでは十分ではない。
人間は様々な病原体と戦いながら生きており、新たな感染症や環境の変化に適応してる。
このような変化に適応した次の世代が生まれることで、種としての存在が維持されている。
一人一人が1000年も生きる場合、種としての機能が損なわれる可能性があることも考えられる。
老化は一つの遺伝子だけが作用しているわけではなく、複数の遺伝子が複雑に相互作用している。
一つの遺伝子をノックアウトしても他の遺伝子が補完的な機能を果たすことがあり、生物は適切なタイミングで死ぬことでエコシステム(生態系)の機能を保っている。
「老化は治療できる」という発想から、各国でものすごい予算が投入されて「アンチエイジング(抗加齢)」研究がされているが、「高齢者になるのを防ぐ」のか、「健康寿命を延ばす」のか、「死ななない技術を作るのか」が一緒になって議論されており、そこをはっきりしないと、技術的また倫理的にも曖昧なまま技術開発が進んでしまう。
現在の高齢化社会においては、死なないことがもたらす新たな課題に直面している。
だからこそ、寿命延長の技術の開発には倫理的な問題や生態系への影響を明確に議論し、考慮される必要がある。
●認知症に起こすのは脳に溜まったゴミ
(薬学系研究所薬学専攻 富田泰輔教授のお話より)
脳は「記憶」や「感情」をつかさどる器官。
そこでは常にタンパク質ができては壊され、できては壊されている。
その過程で年を取ってくると「アミロイドベータ」と「タウ」いうゴミが溜まってくる。
そのゴミは最終的に脳の神経細胞を殺してしまう。
そのゴミのメカニズムは、まだ解明されていないが、最近は睡眠や運動が関わっていると言われている。
脳にゴミが溜まっている状態は、PET(陽電子放出断層画像法)イメージングでしか見れないが、ここ5年くらいの間に、血液で診断できるのではないかという期待感が高まっている。
●認知症を予防するには
(薬学系研究所薬学専攻 富田泰輔教授のお話より)
(定量生命科学研究所 新藏礼子教授のお話より)
認知症の原因となるタンパク質のゴミは、「運動」や「睡眠」と同様に「免疫系」にも関係している。
免疫系はゴミ掃除を担当し、脳だけでなく全身の健康を維持している。
しかし、老化に伴い免疫機能も低下し、早期に免疫が衰える人やゴミが溜まりやすい人もいる。
現在は早期発見が焦点とされていますが、10年後は「どうしたらゴミが溜まらないようにできるか」にフォーカスされるようになる。
●免疫学の大きな転換期
(定量生命科学研究所 新藏礼子教授のお話より)
古典的な免疫学は、「病原菌やウイルスが侵入した場合にどのように対処するか」を研究してきた。
しかし、最近の研究では、免疫系は体に敵が入ってこなくても、全身の「恒常性を維持する」、「健康を維持する」ことに役立っている。
つまり、免疫は単に病原菌を攻撃するだけでなく、それよりも前に体のメンテナンスや維持に関与しているというのが、ここ数年で大きく流れが変わったところ。
●脳と免疫の意外な関係
(薬学系研究所薬学専攻 富田泰輔教授のお話より)
脳は体の中で唯一、免疫と関係ない臓器だとずっと考えれてきたため研究が進んでいなかった。
例えば、脳にリンパ管があるとわかったのが、2015年。
リンパ管というのは、全身の細胞から不必要な水分やタンパク質などの老廃物などを回収する役割を持っている。
それが脳にあるとわかった結果、「リンパ管があると、免疫細胞が入ってくるルートがある」ことが明確になった。
また脳には抗体が入らないとも考えらえていたので、脳にウイルスが侵入すると一瞬で蔓延してしまうと思われていたが、この10年で「脳にはリンパ管があるし、免疫細胞も抗体も入ってくる」ことがわかった。
●腸内環境のカギはIgA抗体
(定量生命科学研究所 新藏礼子教授のお話より)
私たちの体には、自分で自分を守る調節機能がある。
これを「恒常性維持(ホメオスタシス)」と言い、恒常性維持が乱れると病気になると捉えている。
そして、認知症・がん・心血管疾患など様々な病気には、腸内細菌の異常が関わっていると言われている。
腸内細菌はウンチになって外に出てきた瞬間に酵素によって死んでしまうので、今まで研究は進んでこなかった。
しかし、数千から数百万のDNA分子を同時に読み取ることができる次世代シーケンサーなどができたおかげで、腸内細菌の遺伝子を読むことができるようになった。
これにより、腸内にどのような細菌が存在し、どんな代謝酵素を持っているかがわかるようになった。
さらに、メタボローム解析という技術を用いることで、腸の中の代謝物を網羅的に解析することができるようになった。
例えば、ある腸内細菌由来の代謝物を体内に取り込むとリウマチになりやすいことがわかっている。
これらの情報を元に、腸内細菌を変えることで病気を治療できる可能性がある。
成人では、1日に約3〜5gのIgA抗体が腸内に分泌されており、これは悪い菌を減らして排除するだけでなく、乳酸菌やビフィズス菌などの有益な菌に対してもお腹に留まるよう指示を出している。
しかし、IgA抗体が具体的に大腸菌などの悪い菌に対してどのような働きをするのかはまだ完全に理解されていない。
現在の研究では、IgA抗体が非常に重要な役割を果たしていることがわかっている段階。
しかし、世の中には、IgA抗体が欠如している人がいて、そういう人は腸内細菌が良い状態ではない。
そこで、IgA抗体で悪い菌を減らして陣地を作って、その後に良い菌を補完するというアプローチを目指して現在研究している。
※補足
IgA抗体(免疫グロブリンA)は、血液や体液中に含まれる抗体の一種です。IgAは、鼻汁、涙腺、唾液、消化管、膣など、全身の粘膜に存在しています。
抗体は侵入してきた細菌やウイルスなどの病原体にくっつくことで無力化し、私たちの健康を守ってくれます。
●乳酸菌って本当に効果があるの?
(定量生命科学研究所 新藏礼子教授のお話より)
生きた乳酸菌は腸まで届くが、住み着くわけではない。
ただし、その死骸は自分の腸内の乳酸菌やビフィズス菌の餌となるため、有益。
しかし、一部のヨーグルトなどには、生きた菌だけでなく、増粘剤や乳化剤などの食品添加物も含まれている。
これらの添加物は腸の炎症を引き起こしたり、メタボリックシンドロームを促進する可能性がある。
そのため、バランスの取れた食事を心掛け、食品添加物が多いものを避け、食物繊維を摂取することが重要。
抗生物質の使用は控えるべき。
なぜなら、抗生物質を使用した後には、腸内の微生物のバランスが崩れ、「菌交代現象」と呼ばれる腸炎が起こる可能性があるから。
ただし、感染症によっては抗生物質が必要な場合もあります。
その際には、抗生物質耐性乳酸菌製剤(整腸剤)を医師に処方してもらうことが望ましい。
●脳梗塞を予測する技術がある
(理学系研究科科学専攻 合田圭介教授のお話より)
日本で寝たきりになる要因の上位に挙げられる脳梗塞は、一過性脳虚血発作(TIA)を経て進行する。
TIAは一過性であり、数分から1時間ほどの間、手の動きが制限されるなどの症状が現れますが、その後自然に消失する。
しかし、これが何度か繰り返されると大きな脳梗塞につながる。
そのため、TIAを正確に診断し、適切な対策を講じることで、脳梗塞を未然に防ぐことが可能性がある。
現在、TIAのリスクを定量化し、診断に役立てるために、血液中の微小な血小板凝集塊を検出する研究を進めている。
将来的には、人間ドッグなどで脳梗塞の予測が可能になるかもしれないが、そのためにはさらなるエビデンスが必要。
認知症には、脳がこのような状態になっている「脳血管性認知症」というものがあり、脳にゴミが溜まることに起きるアルツハイマー病と併発している患者が多くいる。
つまり、認知症は、神経だけでなく、血管からも来るからこそ、脳の血管の健康度は非常に重要。
腸で吸収した栄養が血管を通って脳に供給されるため、どこか一つでも血管が悪くなると、それぞれの部位で病気が発生する可能性がある。
このことから、脳もまたエコシステムとして捉えることが重要。
※補足 「脳もまたエコシステムとして捉える」とは、脳が単なる器官だけでなく、他の臓器や組織と相互に関連し、相互に影響を与えながら全体の健康を維持しているということ。