記事一覧
連載小説 「電話」 第7回
クリスマスに難波の近くの教会で男の劇団の公演があったけど、私は行かなかった。濃厚なラブシーンがあるから見に来るな、と男が冗談めいて言っていたけど、そのこととは別の気持ちで行かなかった。
年が明けて私は芝居男に手紙を書いた。思っていることを率直に書いた。
一週間ほど何の返事もなく、電話がかかってきて明日からしばらく東京へ行く、とだけ言って電話が切れた。ゼミにも出てこなくなり、そのまま卒業式にも
連載小説 「電話」 第5回
吉本とは次の週のその授業でまた会って、飲みに誘われて、セックスフレンドにならへん?と持ちかけられ、あほちゃうん、と私が笑って聞き流し、吉本もなぜかすごく笑って、会うたびに、「ホテル行こか」、「あほちゃうん」が挨拶代わりの関係になった。
そのまま卒業まで同じ距離にいるボーイフレンドだった。お互いが全く恋愛の対象にならないヤツと認め合いつつ、同性の友人とは違う不思議な距離感のある関係をお互いが快く
連載小説 「電話」 第2回
「わ・た・し、分かる?」といきなり聞いてみる。ちょっと笑いを含んでいたかもしれない。
「誰?えぇと、聞き覚えある声やで…」
なかなかいい声。そうだった、吉本は声自慢の男だった。
「フフ、マリリン・モンロー貰った女」
「ああ、おまえか」受話器の向こうでもホッとしたような懐かしげな気配が立つのがわかった。
「名前忘れたんと違う?」
「覚えてるわ、カーコやろ?カーコやんな。忘れてへんで。おまえのあのと
連載小説 「電話」 第1回
テディ・ベアの片方の目玉をつけ終わって時計を見た。もう片方の目玉をつけてしまえば完成なのだけれど、この作業は手が抜けない。最後の目玉を付けたとたんにテディ・ベアが呼吸をし始めるのだ。それまではただの布切れと綿の塊だったものが両方の目がそろったとたん人格を持ち始めるような気がする。そして、二つ目の目玉の位置の微妙な加減でテディ・ベアの表情が決定するのだ。1ミリどころか0.1ミリの違いでも表情が変わ
もっとみる連載小説 最終回 なつかしい人
「このまま別れたくない」という千秋のことばにもただ「はい」としか答えられなかった。「はい」というのは自分も同じ気持ちだという意味であり、千秋の気持ちをわかっているという意味でもある。しかし、この先のことは自分でもわからない。
ホテルまで送っていきます。
部屋まで送って。
はい。
終電は何時?
11時45分。
あと40分…
駅の構内を抜け反対側のオフィス街という雰囲気の中にあるホテル
連載小説第6回 なつかしい人
一年ぶりの再会。
地下にある小さなスペイン料理の店に落ち着いて。
メールでのやり取りの親密さと、向かい合った二人のぎこちなさに木島は最初戸惑った。
千秋は、そのぎこちなさが楽しかった。
目の前の木島を、中学生のようだと思う。
木島は、メールでのやり取りの親密さにもかかわらず、目の前の千秋に距離を感じる。
13歳の千秋を、目の前の女性に探し出そうとして、見つけられない。でも、見つけ出せなくても
連載小説第5回 なつかしい人
千秋は翌日すぐにメールをした。娘の就職にまつわる話。返信はその日の夜に届いた。木島は東京勤務が長く、今朝始発の新幹線で東京へ戻ったこと、ばたばたしていて返事が遅くなりました、と謝って、既に千葉に家も購入し、昨年両親も呼び寄せて、そこが定住の地になるであろうこと、M社は働き甲斐のある良い職場であることをなんの衒いもなく告げて、お嬢さんの力になれたかどうかはわからないけど、ちょっと残念な気がします。と
もっとみる連載小説第4回 なつかしい人
まだ働き盛りの人の通夜は弔問客が後を絶たない。いつまでも長居できるところではないことを察知して、古い友人たちは早々に退席することにしようと、高校時代の友人たちの間でささやき交わして順々に辞去のあいさつを未亡人に伝えていく。
通夜の設えを施された玄関先で何人かの友人たちが立ち話をしている中に千秋も混ざった。
これからどうする?どう時間ある?などと言い合っているのが聞こえる。
高校で同級だった佐々木
連載小説第3回 なつかしい人
第3回
友人の通夜でその千秋に30数年ぶりに会った。少し驚いた。千秋は木島を見て、「あっ」というような表情を一瞬したが、軽く会釈をするとそのまま別室へ姿を消した。
千秋は30数年ぶりに会った木島に驚いた。
千秋の中で木島は自分に思いを寄せながら告白できないでいるちょっと可哀想な男の子、という印象があった。いや、本当は少し違っている。
千秋は高校時代に数人の男の子と付き合ったけれど、そのときそのと
連載小説第2回 なつかしい人
第2回
中学、高校と同じ学校で学んだ千秋と木島が、同学年だった友人の早川の通夜の席で再会したのは一年前のことだった。
その友人は高校時代のクラスメート同士で結婚しており、木島は死者の友人として、千秋は未亡人の友人として通夜に赴いた。
木島と千秋は中学1年で一度同じクラスになったことはあったが、それはたった一度のことだった。その一年間にも多分直接二人は言葉を交わしたことはないと思う。少なくとも
連載小説第1回 なつかしい人
連載①
このまま私を帰してもいいと思っているの、そんなに簡単には会えない二人なのに。
千秋はそのことばを口に出したかった。本当はそんなことを口に出したりするのは苦手だし、口にしないで過ぎてしまうことの正当性を自分に言い訳して、結局は言わないで良かったと納得させてしまえるタイプの人間なのだ。
もう50年もこういう自分と付き合ってるのだからよくわかっている。身の丈に合わないことをしたら疲れるだけ。あ