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連載小説第3回 なつかしい人

第3回
友人の通夜でその千秋に30数年ぶりに会った。少し驚いた。千秋は木島を見て、「あっ」というような表情を一瞬したが、軽く会釈をするとそのまま別室へ姿を消した。

千秋は30数年ぶりに会った木島に驚いた。
千秋の中で木島は自分に思いを寄せながら告白できないでいるちょっと可哀想な男の子、という印象があった。いや、本当は少し違っている。
千秋は高校時代に数人の男の子と付き合ったけれど、そのときそのときときめいたり、胸をいためたりと年齢に相応しい恋愛感情を抱きはしたが、それは恋の雰囲気にのまれている結果の感情なのだといつもどこかで覚めているものがあった。そしてボーイフレンドたちを、どこか小ばかにしていた。キミには私の本当の魅力はわかってないでしょ、という風に。そのたびに千秋には思い浮かぶ面影があった。

木島慎司。

彼だけが私の本当の魅力をわかってくれているはずだ、となぜかそう思えて仕方なかった。
どうして彼と友達になれないんだろう?私のことを好きだって噂があるのに、全然そんな素振りを見せないし、そんな噂がある人に私のほうから声をかけるなんて思い上がってるみたいに思われたら嫌だし、どうして彼のほうから声をかけてくれないんだろう?すごくいい友達になれそうなのにな。
その気持ちはまるで通じない片思いの相手にじりじりするような気持ちに似ていなくもなかった。千秋は本当はずっと木島を待っていたのだ。その気持ちは30年以上前に途切れたままになってしまっている。

その木島が思いもかけず不意に目の前に現れて驚いた。木島は千秋を見ても相変わらず飄々として、驚く素振りもなく、しかも30数年前よりも仕立てのいい落ち着きという上着をまとっているように千秋には見えた。ああ、いい年のとり方をしているんだ、この人は。という印象を受けた。少し胸がときめくのを感じて、周りを見渡した。こんなときに不謹慎だと自分を戒める。

千秋はさっき悔みのことばを伝えた時の喪主であり未亡人となった旧友の忍の悲嘆に衝撃を受けていた。

50歳を迎えたばかりで亡くなったかつての同級生に対しての悲しみは制御の範囲内に収められるものだったが、遺されたものの悲嘆は忍びなかった。いやそれだけではない。もし今夫が死んでこのように嘆き悲しむことができるだろうか、という思いの中でその衝撃は増していたのかもしれない。
そんな衝撃がまだ収まらないうちだというのに、木島を見てときめいてしまう自分を恥じた。恥ながらときめきを反芻してしまう自分に戸惑っていた。

第2回はこちら
https://note.mu/nobanashi55/n/n02ff4e98bd7e

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