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連載小説第2回 なつかしい人

第2回


中学、高校と同じ学校で学んだ千秋と木島が、同学年だった友人の早川の通夜の席で再会したのは一年前のことだった。

その友人は高校時代のクラスメート同士で結婚しており、木島は死者の友人として、千秋は未亡人の友人として通夜に赴いた。

木島と千秋は中学1年で一度同じクラスになったことはあったが、それはたった一度のことだった。その一年間にも多分直接二人は言葉を交わしたことはないと思う。少なくとも千秋には記憶はない。しかし、別の記憶がある。木島が千秋を好きらしいという、友人たちからの遠まわしの噂を何度も耳にした。それは中学でも高校でも耳にした。結局6年間を通して千秋はどうも自分のことを好きらしい木島という少年の存在をただ噂として聞きつづけ、意識していた。けれど木島少年からはたったのひとことも声をかけられたことはない。それらしい素振りを見せられたこともない。
木島はどこか飄々としてマイペースで、そういう噂もどこ吹く風という様子に見えた。千秋はなんとなくそんな噂に心が乱されてしまう自分が悔しくて、千秋もどこ吹く風風を装っていた。千秋はすごくもてるというタイプではなかったが、高校の3年間常にボーイフレンドがいた。男の子と校門で待ち合わせて二人で下校しながらのデートの途中で何度か木島と出くわすことがあった。そんなとき千秋は少し見せ付けたいような、でもそのあとで悲しいような複雑な気持ちを抱いたことを思い出す。
木島は一浪の後首都圏の国立大学へ進んだ。千秋は地元(中部地方)の私立大学。現役のとき木島はその私立大学を合格していたが入学はしなかった。千秋はそのときなんだか長年の恋人に見捨てられたような気がしてしまった。そういう気持ちを抱いてしまう自分にちょっと腹を立てた。
木島とはそれっきりで、30数年ぶりの再会だった。

一方木島の記憶。
中学入学したてのころ、仲良くなったばかりの友人数人で、クラスの女子の品定めをしたことがあった。めいめいに好きな女の子の名前を告白する流れになり、特別目当てになる子もいなかったが、そのとき教室内で数人の女子と笑いさざめいていた千秋が目に入って、木島は彼女の名前を上げた。いつも明るい笑い声を立てて賑やかな女子だなあという印象しかなかったが好もしいタイプであることに違いはなかった。でもその程度だった。その場にいた男子たちは「ええー!瀬尾千秋ィ?慎ちゃん趣味悪い」なんていう奴もいた。「アイツすごく気が強いぜ、小学校のとき男子を泣かしたこともあるんだぜ」と同じ小学校だった志賀雅人が言った。「へええ、そうなの。」と答えながら「優しそうに見えるのに」と思ったがそれは口には出さなかった。そのときの数人の男子とはその後はそんなに仲のいい関係は続かなかった。なんとなく木島から見ると幼すぎてそのうち疎遠になり、もっと気の合う友人がそれぞれにできていった。
「木島は瀬尾が好きらしい」という噂が広まっていることはほどなく木島も知ることになった。
口の軽いやつらだなあ、と憤慨しながらも否定して歩くのも面倒で放っておいた。瀬尾千秋はそんな噂話を一向気にする風もなく、木島に対する態度も自然だった。木島は、好もしい女の子という印象を変えることはなかった。瀬尾千秋はいつもクラスの中心にいるような女の子で男子とも女子とも気軽に話しができてみんなに好かれていた。英語の発音がうまかった。社会科と国語が得意みたいだったけど数学は苦手のようだった。
木島はやはりずっと千秋のことが気になっていた。


ある放課後のこと、木島が数人の友だちと教室に残ってしゃべっていると千秋がひとりで教室に入って来て、自分の席に座るなり机に覆い被さるように突っ伏した。
「泣いているのかな」木島は気にかかったが、友人に冷やかされるのが嫌で知らん顔をしていた。益田という友人が小さな声で、「瀬尾、泣いてるんじゃない?慎ちゃん行ってやれば?」と、冷やかしている様子は全くなく促す。そこへ女子が数人入って来て、「千秋、どうしたの?クラブ始まるよ」と声をかけ、千秋がそれに小さな声で何か答え、女子たちは急に小さな声でこそこそ話し出して、そのうちひとりの女子が、こっちを睨んで、「見るんじゃないの、男子は。エッチ!」と怒鳴った。そのひとことでなんとなくわかるような気配を察して木島と仲間の男子たちは何も言い返せなくて黙り込んだ。女の子特有の事情なんだな、と詳しいことはわからないけどそのように了解した。しばらくして担任がやってきて、数人の女子に抱えられるように千秋は教室を出て行った。担任の教師がタクシー呼んで来てあげるからね、とかそんなことを言っているのが耳に入った。
木島は千秋のいつもと違う元気のない様子が気に掛かった。いつもはあんなに元気な女子なのに、何か自分にはよくわからないことが彼女の身に起こっているらしくそれはいつもは元気な女の子をあんな風に変えてしまうほどの重大なことなんだろうか…13歳の男の子の感受性でそれ以上は想像することも憚られる領域のようで木島はちょっと目眩のようなものを感じてしまった。千秋という好もしい女の子が、急に全然別の生き物に変貌したようで衝撃を受けていた。木島はあの日の自分の内部の混乱を鮮やかに蘇らせることができる。あれ以来木島にとっての千秋はなんだか特別な存在になってしまった。ただ好もしい女の子というだけではなく妙に生々しいような、愛しいような、恐いような特別な存在になった。

「木島は瀬尾千秋が好きらしい」という噂がまわりまわって自分の耳に入ってくるたびに、事実とはちょっと違うような気がしながら胸に甘酸っぱいようなドキドキするような気配がたつことを木島は自覚していた。その噂を否定することも肯定することもできない不思議な感覚。結局高校卒業までの6年間千秋の姿を目の端に留めながら木島はどうすることもできなかった。


第1回
https://note.mu/nobanashi55/n/n9b5f2b3fa6db

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