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連載小説第6回 なつかしい人

一年ぶりの再会。
地下にある小さなスペイン料理の店に落ち着いて。

メールでのやり取りの親密さと、向かい合った二人のぎこちなさに木島は最初戸惑った。

千秋は、そのぎこちなさが楽しかった。
目の前の木島を、中学生のようだと思う。

木島は、メールでのやり取りの親密さにもかかわらず、目の前の千秋に距離を感じる。
13歳の千秋を、目の前の女性に探し出そうとして、見つけられない。でも、見つけ出せなくても全然かまわない、と思う。

千秋は、ずっと自分に片思いだった「木島少年」が、目の前で戸惑っている様子の現在の木島に重なる。ずっと知らん振りしていたくせに、私はずっと木島君を待っていたのに、となじりたい気持ちがわく。

フラメンコギターの演奏がやや耳障りで、木島は店の選択を誤ったかな、と思う。

あまり食べなれない料理ばかりだったがどれもおいしかった、と千秋は思う。
こういう店を選んだ木島は、千秋の全然知らない彼であり、木島は、千秋の知っている「木島君」のままではないのだ、と当たり前のことに思い及ぶ。

二軒目に入った店はやや若者向きのカジュアルな洋風酒場。
ようやく打ち解けて、饒舌になる木島。
映画や小説の話しがいつしか恋の確認のような結末に進んでいっているようで、次第に息苦しくなるような気配が立ち始める。
何とか二人でその気配を消そうとしているのがお互いにもわかった。急ぎ過ぎたくないし、でも高まる気持ちも押さえがたく、二人は戸惑っていた。
戸惑うままに時間だけが過ぎ、酔いも深まった。

三軒目のバーを出て、
もう帰りますか?と聞いて、千秋がこくんと頷いた時に、ああ、何とか切り抜けたな、と木島は思った。このまま別れて、それでいいじゃないかと。

それで駅に向かって歩き出した。駅の反対側に彼女のホテルがあり、自分はその駅から快速で5つ目の駅を降りてタクシーで家に帰るだけなのだ。

つづく

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