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連載小説 「電話」 第7回

 クリスマスに難波の近くの教会で男の劇団の公演があったけど、私は行かなかった。濃厚なラブシーンがあるから見に来るな、と男が冗談めいて言っていたけど、そのこととは別の気持ちで行かなかった。
 年が明けて私は芝居男に手紙を書いた。思っていることを率直に書いた。
 一週間ほど何の返事もなく、電話がかかってきて明日からしばらく東京へ行く、とだけ言って電話が切れた。ゼミにも出てこなくなり、そのまま卒業式にも現れなかった。宙ぶらりんのまま私には社会人としての新しい生活が始まった。
 葉桜の頃になって手紙がきた。東京で暮らすことになるので別れようと書いた手紙だった。別れるにしても話すことがあるような気がしたのに、手紙で済ませちゃうのか、と私はショックを受けた。少し後でその男に新しい恋が始まりつつあることを、ゼミの友人から聞いた。私はすごく傷ついた。最後に出した手紙に返事がもらえないまま空間と時間をブツンと切断されたみたいな気持ち。時間と空間と私の肉体もブツンと切断されたみたいな気がした。立ち直れなかった。
 ある週末の夜、会社の帰りに吉本を呼び出した。吉本相手に酔っ払い、挙句にホテルへ連れて行け、と吉本に迫った。
 吉本は、「こういうとき、僕は紳士的な態度はとれへんぞ。やれと言うならやるぞ」と言い、私は「かまへんから」と言った。安っぽいラブホテルで私は吉本と寝た。
 初めてだったけど、すごく感じてしまった。私は何度も別れた男の名前を呼び、吉本は何度も私に挑みかかってきた。最低最悪の初体験だった。
それから私はいくつか恋をしたり、別れたりした。ときどき吉本を呼び出して飲んで愚痴を聞かせたりしたけれど、あの夜のことはお互い口にすることはなかった。吉本はその年の教員採用試験に落ち、翌年もう一度挑戦して合格し、晴れて中学校の教師になった。
 卒業から三年後私は見合いをして結婚した。結婚が決まったことを吉本に伝えると、お祝いやるわと言われて喫茶店で会った。
 彼が紙袋から取り出したのはマリリン・モンローの裸体を描いた油絵だった。
「僕が描いた。時間があったらおまえのヌード描いたったんやけど、急に言われても描けへん。寝室に飾っとけや。ま、トイレでもええけど」吉本が絵を描くという話は初めて聞いた。
「ありがとう」と言って受け取った。

第8回(最終回)(https://note.com/nobanashi55/n/nde3fe6dbb544)へ

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