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連載小説第5回 なつかしい人

千秋は翌日すぐにメールをした。娘の就職にまつわる話。返信はその日の夜に届いた。木島は東京勤務が長く、今朝始発の新幹線で東京へ戻ったこと、ばたばたしていて返事が遅くなりました、と謝って、既に千葉に家も購入し、昨年両親も呼び寄せて、そこが定住の地になるであろうこと、M社は働き甲斐のある良い職場であることをなんの衒いもなく告げて、お嬢さんの力になれたかどうかはわからないけど、ちょっと残念な気がします。と書いてあった。どういう意味?私の力になりたかったってこと?
木島の気持ちの一端をはじめて本人から示されたような気がして、なんでもないそんな一言に過剰に反応してしまう自分がおかしかった。

1年間メールのやり取りで千秋と木島はたくさんのことを語り合った。
驚いた。すごく話が弾むのだ。打てば響くような反応が返って来る。たとえば最近見た映画の感想を書くと同調、共感の上により深い見方を示され、なるほどと思わされた千秋は再度映画館に足を運んでしまったこともあった。
不思議な気がした。
よく考えてみたら、木島とは早川の通夜のときに初めてことばを交わしたのだ。それもほんの二言三言。
6年間も同じ学校に通い、お互いを意識していたということはあっても、全く知り合わない者同士のような関係だったのに。木島と自分の関係の妙な過程を振り返るとますます不思議な気がしてくる千秋だった。一方で、千秋はわかっていたような気もする。木島と自分がとても気が合うであろうことはとうに私は知っていたことなのよ、と思える千秋もいた。

木島は驚いていた。
千秋は彼が抱いていた印象とは全く違う女性だった。
中学生の頃の彼女はいつも明るい笑い声を立てて、好もしいとは感じつつもそれ以上のことは何も知らなかったのだなあと思えた。
ものの見方の生真面目さや感受性の瑞々しさに驚いた。こんな女性だったのか。まるではじめて知り合った女性への関心が急激に高まるような気持ちを抱いていることに気が付く。その女性が30数年前に淡い好意を抱いた女性と同一人物だと思うと不思議な感慨に打たれるのだ。

とても近しい価値観を共有していることを知って、30年前の自分はこういうものを無意識に感知して彼女に惹かれていたのだろうか、と考え、いやとてもそんな洞察力の結果の気持ちとは思えなく、不思議な気持ちは増すばかりだった。
二人は急激に惹かれ合っていくものをことばで確認せずともお互いにはっきりと感じることができた。
その気持ちは「恋しさ」に移行していった。お互いが同じペースで気持ちを発展させていっていることもはっきり感じることができた。

一年が過ぎ、千秋はどうしても木島に会いたいという気持ちが抑えがたくなり、東京まで来たのだった。



第1回 https://note.mu/nobanashi55/n/n9b5f2b3fa6db

第2回 https://note.mu/nobanashi55/n/n02ff4e98bd7e

第3回 https://note.mu/nobanashi55/n/nc2663d416fc4

第4回 https://note.mu/nobanashi55/n/nd19d45b075d5


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