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連載小説第4回 なつかしい人 

まだ働き盛りの人の通夜は弔問客が後を絶たない。いつまでも長居できるところではないことを察知して、古い友人たちは早々に退席することにしようと、高校時代の友人たちの間でささやき交わして順々に辞去のあいさつを未亡人に伝えていく。

通夜の設えを施された玄関先で何人かの友人たちが立ち話をしている中に千秋も混ざった。
これからどうする?どう時間ある?などと言い合っているのが聞こえる。
高校で同級だった佐々木達也に「さおりは?」と千秋が一緒に来た友人のことを聞かれた。
さおりと千秋、佐々木、そして早川夫婦は高校2年でクラスメートだった。さおりと佐々木、早川と忍はクラス内公認のカップルで2組でダブルデートなどをよくしていたらしい。千秋とさおりは中学からの友達で忍とはさおりを介しての関係だった。
さおりと忍は卒業後もずっと頻繁に連絡を取り合う仲だったらしいが、千秋は、年賀状だけの付き合いになっていた。今夜の通夜もさおりからの連絡で彼女に同伴してきたのだ。

「さおりはもう少ししいちゃんの側にいるって」
「うん、そうか…」佐々木は早川家の玄関を振り返ったが、彼はこのまま帰るつもりらしい。人それぞれの思いは30年という月日の中でそれぞれの収まり方をしているのだろう。

佐々木の目線を追うように玄関先を見つめていた千秋は、木島がそこから出てくるのを認めた。躊躇なく木島が千秋達のかたまりの方へ歩み寄る。
高校の同窓生たちはざっと見て20人くらい来ていたが、なんとなく自然に出身中学ごとにかたまっているようだった。
千秋と木島、佐々木、二村、斉藤は中学も高校も同じだった。その5人でなんとなく駅に向かって歩き出していた。千秋は佐々木と並んで歩いた。佐々木とは高校のクラス会でここ数年のうちに何度か会っている。2年、3年と同じクラスだった。私鉄の駅までの20分くらいをどうしても黙りがちになりながら、それでもそれぞれの胸のうちに去来するものは少なくないということだろう、誰もが意味のある沈黙だと了解しながら大通りに出てからも誰もタクシーを拾おうともせず歩きつづけた。

駅前で居酒屋という気分でもなく、明かりの煌々と灯るファミレスに入った。
午後10時を過ぎた時刻だった。端っこのソファがL字型になった席に付いて、「ビールにする?」という佐々木の問いに誰もが小さく「ああ、」と答えた。「私はアイスティー、レモン」と千秋は言う。ウェートレスに佐々木が注文をして、みなおもむろにポケットからタバコを取り出すしぐさをする。二村が、「あ、オレ禁煙中だった」と少し笑う。みんなも小さく笑う。早川の死因の心筋梗塞が彼のヘビーな喫煙も影響していたのだろうという話しは通夜の間中あちこちで囁かれていた。今さらそれをここで話題にする気には誰もならないのだろう。千秋もやや躊躇ったのちにバッグからタバコを取り出して火をつける。対角線上の向かいにいる木島の視線をやや気にするが、木島は何も言わない。二村が「瀬尾さんは昔と雰囲気が全然変わらないよね」と言う。二村とも30年ぶりくらいか。「二村君は、いい男になったね。」 と千秋は皮肉にならないように、冗談にならないように、ただの社交辞令にならないように考えながら言った。
「オレ、大学に入ってから背が5センチ伸びたんだよ。」と二村が言う。「へええ、」と全員が言う。「うん、なんだかそんな気がしたよ、二村君ってこんなにスラリとしてたかなって。お腹も出てないしね。」「いいおっさんだよ。50だよ、オレたち」……
誰も早川のことを口に出さなかった。出さないで不自然にならないよう気にしている雰囲気だった。
木島はタバコのパッケージを手で弄んでいたが、思い切ったように一本取り出して口にくわえた。火を探すしぐさをするので、千秋は手元のライターを手渡してやる。ライターだけを手渡すつもりだったのに木島はくわえたままのタバコを近づけてきたので火をつけてやる。一瞬視線が交わる。どうしていいのかうろたえて「木島君、今何してるの?」と千秋は聞く。
「サラリーマン、M社。」木島が口にしたのは外資系のコンピューター会社だった。
「えっ、M社なの?」千秋はちょっと声が大きすぎたかなと思いながら身を乗り出してしまう。M社は末っ子の瑞穂が熱望して入れなかった会社だった。
すごくいい会社なの、入りたいなあ、と3年生になるとすぐにその会社目指して熱心に就職準備の勉強を始めたのだ。3年前の話しだけれど。
そこへ注文のものが運ばれてきて話が中断してしまう。千秋は席を立って木島のとなりに移った。思わずそうしてしまったのだが、木島はとても自然に千秋のために体をずらしてスペースを空けてくれた。「娘がね、すごく入りたがった会社なのよ」「あ、そうなんだ。」
勢いで続けようと思ったところで、佐々木が、「早川のために乾杯してやろう」と言った。
「ああ、そうだな」とみんなが頷く。グラスを持って、「早川の50年の人生に」と佐々木が言った。みんな黙ってグラスを持ち上げてちょっと静止してから飲んだ。
「しーちゃん、すごく泣いてたな」佐々木が言うと、斉藤が、「オレ、あんなに泣いてもらえるかなって、一瞬考えたよ」「ああ、」とみなが同調する。木島も同調する。
「瀬尾、またしーちゃんに電話してやってくれよ、しーちゃんしばらく辛いだろうから」「うん、そうだね、さおりと様子見に行くようにするよ」
もうM社の話しに戻れそうになくなった。木島が名刺をくれた。「パソコンする?」「うん、」「会社のメールアドレス、ここ、メールください」と小さく囁くように言って、木島はみんなの話の輪の中に戻っていった。


第1回 https://note.mu/nobanashi55/n/n9b5f2b3fa6db

第2回 https://note.mu/nobanashi55/n/n02ff4e98bd7e

第3回 https://note.mu/nobanashi55/n/nc2663d416fc4




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