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「ファミリア」全23話

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ケイト・クーパーは左頬に火傷痕のある十二歳の少女だ。母のジェシカ、飼い犬のチク・タクと共にフィラデルフィアのアパートで暮らしている。ある日見かけた車の衝突事故で、お気に入りのスト…
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「ファミリア」第一話

「ファミリア」第一話

プロローグ 澄み切った十月の青空の下、わたしたちはサウスフィラデルフィアにあるとある教会の墓地に立っている。

 墓石に彫られた名前はジェシカ・クーパー。
 大好きなお母さんの名前だ。

 教会の鐘の音が晴れやかに響くと、それに驚いた鳥たちが一斉に青空の中へと飛び立っていく。
「ワン! ワン!」
 威嚇めいた鳴き声を上げて一匹の小さな犬が飛び出すと、わたしの隣で車椅子に座るマギーおばさんが笑いなが

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「ファミリア」第二話

「ファミリア」第二話

第一部Cate Cooper

(1)

 けたたましい音でアナログな目覚まし時計が朝を知らせると、まず驚いてベッドから飛び起きるのは、わたしの弟分で小型の雑種犬「チク・タク」
 普段、滅多に吠えることのない彼が、唯一小さな牙を剥き出して吠えるのは、この同じくチク・タク鳴る彼のジリリリいう激しいアラームに対してだけだった。
 チク・タクなんてすごくおかしな名前だけど、由来は別に、彼が時計のアラーム

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「ファミリア」第三話

「ファミリア」第三話

CateCooper(2)

 それから一週間ほど経った十月の始め頃、その日は朝から肌寒くて、薄曇りの空は今にも雨を降らせそうな気配だった。
「今日はきっと土砂降りよ、傘を持って行きなさい」
 手渡された傘を持って、お母さんと一緒にアパートを出る。玄関では、チク・タクが尻尾を大きく揺らし、元気に送り出してくれた。
 わたしだって、いつも男の子相手に喧嘩ばかりしてる訳じゃない。たまには女の子らしいこ

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「ファミリア」第四話

「ファミリア」第四話

CateCooper(3)

 お母さんたちが買い物に出掛ける日、わたしとチク・タクはいつもより遅く起きた。目覚まし時計を止めて柔らかいシーツでたっぷり惰眠をむさぼってから下へ降りると、家の中は静まりかえっていて、お母さんはもう出掛けた後だった。
 キッチンへ行き、おやつやフードを入れてあるコンテナを開くと、チク・タクが一番好きなビーフジャーキーの袋が空っぽなのに気づいた。
「あれ、ジャーキー切れ

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「ファミリア」第五話

「ファミリア」第五話

CateCooper(4)

 チク・タクと散歩から帰りアパートに着く頃、当然まだお母さんとマギーおばさんは帰って来てはいなかった。
 二人が買い物に出掛ける日は、決まってその夜にはピザを頼んでディナーを共にする。お喋りをしながら一日中歩き回って、「ただいま!」って玄関のドアを開けるときにはすっかり二人はクタクタにくたびれている。いつも、「あぁ! お腹が空いた! 早くシャワーを浴びたいわ!」なんて

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「ファミリア」第六話

「ファミリア」第六話

Cate Cooper(5)

 店からの帰り道、膨れっ面でブツブツと独り言しながら歩く。
「チク・タクは小型犬だし、だいたいバスケットに収まってて、店内を出歩いてる訳でもないんだから別に良いじゃない! きっと、犯人が見つかりそうにない憂さを、わたしで晴らしたに違いないわ!」
 バスケットの中の相棒が、心配そうに顔を覗かせる。
「ねぇ? チク・タク! まったく許せないと思わない? でもおじさんの言

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「ファミリア」第七話

「ファミリア」第七話

Cate Cooper(6)

 ディランシー総合病院が、フィラデルフィアのどの辺りにあるか見当もつかない。運転手にそんなことを訊く余裕もないし、窓から街の景観を確認する余裕もない。今すぐにでも病院に着いてくれれば良いのに! その思いだけで頭の中はいっぱいだった。
 タクシーに飛び乗ってからどのくらい経ったのか?
 通り過ぎていく景色が異様にゆっくりに感じられる。それがゆっくりに感じられれば感じら

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「ファミリア」第八話

「ファミリア」第八話

Cate Cooper(7)

「ケイト? ……ケイト?」
 聞き覚えのある声がわたしを呼んでいる。
「ケイト? 起きて」
 この声は、マギーおばさんの声? 
 目を覚ますと知らない部屋だった。お母さんもいない。ここはどこ……? 起きたばかりの頭を持ち上げて周りを見渡すと、沢山のドクターが廊下を行き来している。
「ケイト?」
 目の前で心配そうに見つめるマギーおばさんと、そして看護師のレイチェル、

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「ファミリア」第九話

「ファミリア」第九話

Cate Cooper(8)

 やがて、白衣を着た先生と看護師が部屋を出ていくと同時に、一つのことを悟った。あのおばあさんは死んでしまったんだということを。
 しばらくお母さんの手を握ったまま、わたしはジムが仕事を終えるのを待っていたけど、一向に戻ってくる気配はなかった。
 心配になって、光が漏れるカーテンの側まで行ってみたけど、カーテンの中には、亡くなったおばあさんと、おばあさんの手を握って何

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「ファミリア」第十話

「ファミリア」第十話

Cate Cooper(9)

 どれくらいおばさんに寄り添っていただろう。気づけば病院の中は随分と落ち着きを取り戻していた。
「そう言えば、レイナーさんはどこへ行ったのかしらね?」
「写真の町の情報を集めているのよ。町の名前はアーモット」
 おばさんは驚いて目を丸くした。
「なぜ、あなたが町の名前を知っているの? 誰に、その町の名前を聞いたの?」
 わたしはマギーおばさんの向かいの椅子に座り直す

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「ファミリア」第十一話

「ファミリア」第十一話

Cate Cooper

(10)

 エレベーターで地下駐車場まで降りると、既に車を手配したレイナーさんがホールの出口付近で待ち構えていた。
「さぁ、車に乗って、あなたのアパートまで案内してちょうだい」
 レイナーさんは頻りに腕時計を気にしている。さっきまで手元にずっと抱えていたバインダーはなかった。
 彼女に促されるまま、黙って助手席に乗り込む。車は地下駐車場を出ると、サウスブロード通りを北に

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「ファミリア」第十二話

「ファミリア」第十二話

Cate Cooper
(11)

 死後の世界ってのはどんなだろう? せっかく死神なんて人が傍にいたんだからちゃんと聞いておけば良かった。そんなことを考えてるうちに、わたしの意識は遠退いていった。
 なんだか、とても短い夢を見ているような感覚だ。
 満天に輝く星空と、このフィラデルフィアの天の川の間をフワフワと潜り抜けて、わたしはいつの間にかジムに抱えられてお母さんのいるICUに連れて来られてい

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「ファミリア」第十三話

「ファミリア」第十三話

第二部Jim
(1)

 このフィラデルフィアと呼ばれる街が、激しい大雨に見舞われた日のことだった。凄まじい落雷や雨風の中を、一台の車が街の北を目指していた。
 車を走らせるのは、この街で絵描きとして仕事をする男。
 私は、彼が描くユニークな動物の絵がとても好きだった。実際の動物と比較すれば、それらはすべてひどくデフォルメされているのだが、なぜか皆生き生きとした表情をしている。
 中でも特に気に入

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「ファミリア」第十四話

「ファミリア」第十四話

Jim
(2)

 ヴァレリー・クーパーの魂が肉体から離れたのは、その翌日の午前中のことだった。扉を殴りつけるような音が部屋の中に響くと、彼女は慌てて椅子から転げ落ちた。
「ジェシカ‼ いるんだろ⁉ 出て来いよ!」
 扉の向こうでは、男が叫びながら扉を殴りつけている。
「ジェシカ! 昨日は悪かったよ! 仕事が上手く行かずにムシャクシャしてたんだ! なぁ⁉ 外に出て来て俺と話をしてくれ‼」
 どうや

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