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【短編】『ユマンの隘路』(後編)

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ユマンの隘路あいろ(後編)


 私はコート男の斡旋によって無事ドラッグ製造会社に再就職することができた。本部からの情報では、このドラッグ製造会社の表向きは薬物中毒者の更生施設を運営する非営利団体で、皮肉なことに更生施設のすぐ隣でドラッグが毎日製造されているとのことだった。灯台下暗しとはこのことを指すであろう。私の直感では、軍事作戦に反対した者がこの更生施設に収容されていると推測していた。私は更生施設の作業員になりすまし、施設内の見学を試みた。噂では精神病院のように頭の狂った者ばかりが収容されていると聞いていた。しかし実際に目にしてみると、皆大人しい者ばかりであった。なかにはプロのような印象派の絵を描く者や、大手出版社に小説を提出する者までいた。廊下を歩いていると、一人の老人に声をかけられた。

「あんたリアル派の人間じゃろ」

私は老人の言葉に一瞬困惑し身体中の液体が体外へと噴射した。すぐにあてずっぽのことを言っているに違いないと悟り、そのまま老人に意を唱えた。

「あんた何を言ってるんだ。リアル派のやつがこの地域にいられると思うか?ここはデンマークだぞ?」

「そうか。デンマークか」

どうやらこの老人は、リアル派の地域あるいはスイスやオーストリアなどの中立国からこの更生施設まで送られてきたようだった。老人は独り言かのように続けて何かを呟いた。

「わしは知っておる。リアル派もリベロ派も中身が空っぽだということを。何が人類は選ばれしものじゃ。ただ闇雲にもがいているだけじゃないか。人類はいつになったら学ぶんじゃ。滅亡を阻止することなんて不可能なんじゃよ」

「何を言っているんだ。それでもあんたユマン教の信徒か。」

老人はすぐに私の顔を見てポカンとした表情を見せた。

「おお、兄ちゃんまだいたのかい」

およそこの老人は薬物依存で認知症を急速に悪化させたのだろう。この施設に何人もこのような廃人がいると思うと吐き気がした。自分が潜入している会社がいかに闇深いかを思い知った。結局、更生施設の中にリベロ派の軍事機密情報を持つ者はいなかった。

 工場の勤務に復帰すると、再びドラッグ製造の毎日が始まった。ある日、本部からドラッグ産業で儲けた金を軍事兵器の開発に費やしている可能性があるという情報を受け取った。最初に考えた私の予想は的中したようだ。私は金の動きを探る前に施設を特定する方が先決だと思い、引き続き工場内の潜入操作を続けた。どこかで武器の製造を行っているに違いなかった。何日もドラッグの製造をしていると次第に疲労が蓄積していき、時々捜査を抜きに工場内をただ徘徊した。するとボスが社長室に入る時、必ずと言っていいほどブラインドを下ろす習慣があることが分かった。私は無意識にも捜査を続行していた。ボスの動きに怪しさを感じた私は張り込みをすることにした。そして早くも闇を暴くチャンスがやってきた。ボスはガラス張りの社長室でブラインドを下ろして誰かと電話をしていた。生憎ガラスは工場の作業音が入らないよう遮音性の高い防音ガラスが取り付けられており、盗聴器も意味をなさなかった。仕方なくブラインドの隙間から部屋を覗いて、訓練時代に習った読唇術を試みた。久々にやったためか最初は一語も読むことができなかったが、徐々に慣れていき会話内容がはっきりと頭に入ってきた。

「ああ。準備はできている。そっちはどうだ?そうか、もう完成しそうなのか!うん。分かった。作戦は決行されるということだな?よし、場所はどこだ?ああ。メモさせてくれ。ああ。分かった。明日の朝10時にここに来ればいいんだな?分かった。それじゃあ切るよ」

ボスは電話を切った後、自分の書いたメモを少しばかり眺めてからブラインドを開けようと窓の方に近づいてきた。私は咄嗟にブラインドから顔を離して屈み込んだ。社長室内からはデスクに隠れて自分の姿が見えることはなかった。その後ボスは部屋に鍵をかけてスタスタと廊下を歩き去った。私は周りに誰もいないのを確認し、ピッキングを始めた。社長室に入るや否やゆっくりとドアを閉めてブラインドを下ろした。デスク横の背の高い植物に手を伸ばし中に忍ばせていた小型カメラを取り出した。私は一旦回収を試みようと思ったが、あの会話内容を知った今事態は一刻を争うことを思い出し、すぐにチップを電子機器に入れて早速映像を流し見た。メモにはこう書かれていた。

552903.54939, 131235.53068

コンマが真ん中にあるということは何かの座標を示していた。咄嗟に緯度と経度に当てはめて検索を試みた。すると地図上の特定の場所が浮上した。その場所は工場から50km離れたスウェーデンのスヴェダラという都市であった。ボスは、明日の10時にこの場所に来いと何者かに言われていた。期限は明日の朝。それまでに軍事施設を確認して本部に報告する必要があった。今回の任務では、リベロ派の地域にて軍事施設を特定せよという指令が出ていたため、施設がリアル派地域にあったとなると到底見つかるはずはなかった。

 私は仕事を放棄してすぐにその場所へと向かった。車で20分ばかりするとデンマークとスウェーデンを結ぶ橋が現れた。リベロ派とリアル派を分かつ橋だ。私は諜報員として持っていた元のリアル派のパスポートを提示してスウェーデンに入国した。風景は特にデンマークとは変わらなかった。1時間ほどしてようやく目的地に到着した。私は目の前にある光景に目を見入った。そこには広大な土地に大型のドーム状の施設が建設されているのだ。これが軍事施設かと私は驚きを隠せなかった。すぐに車を隠し裏口から施設内に潜入した。しかし、どうしたことか、施設の中には軍事施設どころか、広大な作物の畑が一面に広がっているのだ。突然後ろから何者かに声をかけられ振り返ると、そこにはあのクリスチャニア広場にいたコート男が立っていた。

「お前か!ここで何をしているんだ?お前もここに回されたのか?」

「そうだ。あんたはここで何を?」

「おれはここの関係者でね。明日が完成日だから念のため設備の確認をしに来たんだ」

「そうだったか。ボスが来るまですることがないから一旦おれは外に出るよ」

と言って、施設の正門を通って外に出ようとしたその時だった。施設内に大音量で警報とアナウンスが鳴り響いた。

「リアル派との紛争が勃発!リアル派との紛争が勃発!直ちに作業員に避難を命じる!」

コート男が呟いた。

「どうやら始まったようだな」

 戦争は勃発してしまった。遠くの方で爆発音が聞こえた。ここにいると戦争の被害に遭うことは確実だった。すると、コート男は逃げ道を案内するかのように私を先導した。重たそうなドアを男が開けると、そこに地下へと続く階段が現れた。階段を降り進めれば降り進めるほど、先に終わりが見えないことに恐怖を抱いた。


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