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赤坂真理『箱の中の天皇』 : 〈イメージの奔流〉と「観念的肯定性」

書評:赤坂真理『箱の中の天皇』(河出書房新社)

どうやら著者の作品は、評論書もふくめて、評価が二分する傾向にあるようだ。「衝撃を受けた」という絶賛タイプと、「表現の曖昧さについていけない」というお手上げタイプである。

私はもともと、「愛とか性とか肉体」といった話題には興味の薄いタイプだから、赤坂真理という作家にも興味はなかったのだが、たいへん評判のよかった『東京プリズン』を先日、さる切っ掛けから今頃になって読み、さすがに迫力のある作品だと感心した。
ただし、同書のなかで語られていた「TENNOU霊」というものの扱いには疑問を感じて、Amazonに書いたレビューでは、その疑問点を強調するものとなった。

で、『東京プリズン』続く2冊目として、同作の続編的な作品らしい本書『箱の中の天皇』(表題作と「大津波のあと」を収録)を選んだわけだが、結果としては『東京プリズン』ほどの力を感じなかった。
つまり、本書に関しては、「衝撃を受けた」という絶賛タイプと「表現の曖昧さについていけない」というお手上げタイプのどちらかと言えば、私は完全に後者だったのである。

私が、以上の2冊を読んで思ったのは、赤坂真理という作家は「観念的なことを、観念的な言葉で語るのではなく、幻想的なイメージに変換して語る能力のある作家だ」ということである。

しかしながら、語られていることはやはり「観念的」だからこそ、多くの人に対して、それらのイメージは、リアルには響かないのではないだろうか。
赤坂の「幻視的表現力」は、文学的な能力としては「有意義」ではあろうけれども、文学としての「(説得)力」を持っているとまでは言えないように思う。
言い換えれば、たしかに赤坂には、作家としての「希少種」的な価値がある。しかしそれは「珍しいから有難い」という同語反復的な存在価値であって、それそのものの中身が評価されているわけではないという、そんな存在価値だ。

だからこそ、幻想的かつ独創的なイメージで語られる部分以外の、意外に直裁に語られる言葉は、けっこうごく当たり前で、常識論の範囲を出ない。いかにも「お説ごもっともな正論」でしかないのだ。

要は、著者の場合、自身のイメージ喚起能力に依存せずに、どれだけ思考を突き詰めたかで、その作品の軽重が決まるタイプのように思うし、そうした点で、自身の生育史と絡めて大胆に「天皇制」に切り込んだ『東京プリズン』に比べると、本書収録の2作は、いかにも持てるものを頭の中で捏ね上げて作ったような、一種のお手軽感が否めない。
自分の掌から溢れてしまうものとの、必死の格闘が感じられない。あくまでも、作者の掌の中で作られ、その上に収まってしまっている作品、という印象が否めないのだ。

作者は、その「表現力」において才のある人で、だからこそ「魂降ろしの依代」的な雰囲気さえ漂わすのだが、しかし文学の説得力とは、結局のところ、自身の身体(当然、頭脳を含む)を持って、現実と格闘するところからしか生まれないのではないか。
この作家と弱さは、表現力に頼りすぎて、現実との直面を避けているところにあるのではないだろうか。

表題作「箱の中の天皇」に見られる「昭和天皇」の描き方は、しごく凡庸なもので、作者の「父親コンプレックス」を、そのまま投影したにすぎない安直ささえ感じられ、こんなものなら、長々とイメージを捏ね上げる必要もなかったのではと思わずにはいられなかった。
本書に「衝撃を受けた」ような読者というのは、そもそも日本の「近代史」や「戦後史」を勉強していなかった人たちなのではないかという疑いさえ持ってしまったのである。

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【補記】(2020.12.09)

本書に関するAmazonレビューで気になったのは、現時点で「39」本あるレビューのうちの、じつに「26」本が『Vine先取りプログラムメンバーのカスタマーレビュー』であった事実である。
これは『お客様に予約商品や新商品のサンプルをご利用いただき、ご意見やご感想をカスタマーレビューとして投稿いただく、招待制プログラムです。』とのことだが、こんなに多くの『Vine先取りプログラムメンバーのカスタマーレビュー』がついている本を、私は初めて見た。これはどういうことなのだろうか?

「Vine先取りプログラムメンバー」の少なくない方たちは、必ずしも本書を褒めているわけではなく、公正な評価に努めているのはわかるのだが、特定の本に限って、このように極端に『Vine先取りプログラムメンバーのカスタマーレビュー』がたくさん付くというのは、そもそもシステム的に公正さに欠けることにはならないだろうか。

初出:2020年12月9日「Amazonレビュー」







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