記事一覧

おじさんになったお客様

いつものように通院のため路面電車に乗って病院に向かっていた。結構な勾配の坂道を上っていくから、少しだけ身体が傾くのを足の裏に力を入れることで耐える。窓に背を向け…

nemo
2年前
4

一人じゃない

朝目覚めると彼女はもういなかった。 家の裏道を通るトラックの音が、まどろんだ意識を横切っていっていってからしばらくして気付いた。布団の上からでも、台所にいつもあ…

nemo
2年前
2

【雑記】感謝レベル

私は自分のことを、感謝できない人間だと思っていた。 いつからそう思い始めたのかは分からない。 感謝することはとても難しいことなんだと思っていた。 有り難いと思って…

nemo
3年前
3

レンタルできるもの

今日は一言も話さなかった。 会社に行って仕事(になっていると思いたいけれど)をして、帰ってくるだけ。 列になっている静かなデスクの沈黙に耐えられず、一錠だけ安定剤…

nemo
3年前
1

ルール

先生は『この時間が終わるまでは席を立ってはいけません』と言い残して教室を出ていく。立て付けの悪いドアが、ガラガラと雷のように閉まった。 壁越しに廊下を走っていく…

nemo
3年前
5

【雑記】パッションフルーツ

パッションフルーツが好きだ。 香り、味、食感。見た目はあまり好きじゃない。蛙の卵みたいで。美味しさを知らなければ食べてみようなんて思わない。 好きなものリストに…

nemo
3年前
8

【雑記】向こう側

ふと、このバイクから飛び降りたらどうなるのだろうと思った。 純粋な興味もあった。けれど、身体がくっついていても孤独なことに疲れて、その状況に空しさを感じ始めてい…

nemo
3年前
5

境界線

彼女は怒っている。 私は不機嫌です、と誰にでも分かりやすいように丁寧で冷たい声音を放ち、笑っていない目元を隠す気もなく口元を歪める。語気を強める。私を威圧できて…

nemo
3年前
10

崇拝者

何がそんなに面白いのか。 背後から女性の笑い声が聞こえる。若そうな、頭が悪そうな耳をつんざく高音。時折小さく間が空く、それはかなり息が詰まっていて、つまり腹を抱…

nemo
3年前
2

芝桜って桜じゃないの?

nemo
3年前
11

散り際の桜

nemo
3年前
6

いろんなチューリップ

nemo
3年前
5

空飛ぶぺんぎん

nemo
3年前
12

お笑い

「ねぇ、何見てるの?」 「ん?お笑い」 「面白い?」 「そうだね、結構。っくくく」 一瞬だけスマホの画面から外された視線は、僕と目が合う前に再び画面に吸い込まれて…

nemo
3年前
14

はりぼて

その先に何かがあるのかもしれないけど。 とにかく私は、周囲を黒いのっぺりとした壁に覆われて、ただ立ち尽くしているだけだった。 身長よりもはるかに高い、終わりなん…

nemo
3年前
21

あなたの傍に

いつも、あなたに連れ回されてるけど、別に苦じゃないの。 どこまでも遠く連れていって欲しい。 突然休みになったからって気まぐれに行った近くの水族館は、天井から青白…

nemo
3年前
12
おじさんになったお客様

おじさんになったお客様

いつものように通院のため路面電車に乗って病院に向かっていた。結構な勾配の坂道を上っていくから、少しだけ身体が傾くのを足の裏に力を入れることで耐える。窓に背を向ける横並びの座席に座っていた。理由はないがこんな傾きを無理して耐えているなど、周りの人間には知られてはいけないような気がした。

「おじさんになったお客様は」

意味もなくスマホでsns巡りをしている中ふと、車内放送が耳に入ってきた。一部しか

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一人じゃない

一人じゃない

朝目覚めると彼女はもういなかった。
家の裏道を通るトラックの音が、まどろんだ意識を横切っていっていってからしばらくして気付いた。布団の上からでも、台所にいつもあるはずの気配がそこにないのは分かった。
彼女の鼻歌交じりのご機嫌な歌も、バカみたいに音量のでかいテレビの音も。目覚まし代わりにならないほどか細い、自分を呼ぶ声も。

失うとどんなに大事だったのか分かるのは本当だった。
何も残ってない。最初か

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【雑記】感謝レベル

【雑記】感謝レベル

私は自分のことを、感謝できない人間だと思っていた。
いつからそう思い始めたのかは分からない。

感謝することはとても難しいことなんだと思っていた。
有り難いと思っていることを相手に伝えるために、抑揚を込めた声でにっこりと微笑んで感謝の言葉やお礼や、いかに有り難いと思っているか伝えたり行動で示すことが、感謝する流れだと思っていた。

もちろんそれも間違ってはいないとは思うけれど、恐らく感謝にはその人

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レンタルできるもの

レンタルできるもの

今日は一言も話さなかった。
会社に行って仕事(になっていると思いたいけれど)をして、帰ってくるだけ。

列になっている静かなデスクの沈黙に耐えられず、一錠だけ安定剤を飲んだ。少しふわふわして、目の前がぼんやりして考えを突き詰めることが難しくなる。でもそれでいい。突き詰めたところで答えが出る問題とも思えない。それにこんな状況ではどちらにせよ、良い回答なんて出ないだろう。

寂しいも孤独も通り越してき

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ルール

ルール

先生は『この時間が終わるまでは席を立ってはいけません』と言い残して教室を出ていく。立て付けの悪いドアが、ガラガラと雷のように閉まった。

壁越しに廊下を走っていくスリッパの足音。何か大事件でもあったんだろうか。

今日の3時間目の国語は自習みたいだ。
黒板に大きな字で「じしゅう」と書いてある。
せめて何かプリントでも配ってくれればいいのに、一体何を学習したらよいのか。

「ねぇ、凄い顔してたね!花

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【雑記】パッションフルーツ

【雑記】パッションフルーツ

パッションフルーツが好きだ。

香り、味、食感。見た目はあまり好きじゃない。蛙の卵みたいで。美味しさを知らなければ食べてみようなんて思わない。

好きなものリストに積極的に入れていた訳ではなかった。
何となく子供の頃から好きで、最近になってなんとなくパッションフルーツのドライを買って食べてみたらはまってしまった。こんなに美味しかったかな。砕かれる種の食感もカボチャの種のようで軽く重く楽しめる。

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【雑記】向こう側

【雑記】向こう側

ふと、このバイクから飛び降りたらどうなるのだろうと思った。

純粋な興味もあった。けれど、身体がくっついていても孤独なことに疲れて、その状況に空しさを感じ始めていたからかもしれない。目の前の身体は暖かいけれど遠い。ぼうっと見下ろす先に、視界に捕らえきれない速度で流れていくアスファルト。

大してスピードは出ていない。このまま身体を傾けたら、映画のスタントマンのようにぐるぐる回転しながら道路に叩きつ

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境界線

境界線

彼女は怒っている。

私は不機嫌です、と誰にでも分かりやすいように丁寧で冷たい声音を放ち、笑っていない目元を隠す気もなく口元を歪める。語気を強める。私を威圧できていると思っている。
ただの一人舞台の観客になる気は毛頭ない。

隣の店員は、きっと関わりたくないのだろう。一瞬で変わった空気を察知して、別の客の相手を始めた。いつも相手にしてもらえていないのか。上司だから逆らえないのか。萎縮したような小さ

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崇拝者

崇拝者

何がそんなに面白いのか。

背後から女性の笑い声が聞こえる。若そうな、頭が悪そうな耳をつんざく高音。時折小さく間が空く、それはかなり息が詰まっていて、つまり腹を抱えて笑うときのそれだ。同じような女性の声色が重なって、失敗したハモりを聞かされているみたいにいたたまれない。

頭では違うと分かってる。正確に言えば、違う可能性が高いと分かってる。だってここは、人通りの多い新宿の歩行者天国だし。そこかしこ

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お笑い

お笑い

「ねぇ、何見てるの?」
「ん?お笑い」
「面白い?」
「そうだね、結構。っくくく」

一瞬だけスマホの画面から外された視線は、僕と目が合う前に再び画面に吸い込まれていった。コード付きのイヤホンは耳からだらしなく垂れ下がって、そのまま彼の手の中におさまる黒いスマホの上部に刺さっていた。彼の肩が揺れる度に、コードが腕に纏わりついている。絶妙な角度で画面は見えない。分かっている。わざとだ。

「ねぇ、何

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はりぼて

はりぼて

その先に何かがあるのかもしれないけど。

とにかく私は、周囲を黒いのっぺりとした壁に覆われて、ただ立ち尽くしているだけだった。
身長よりもはるかに高い、終わりなんて見えない壁。辛うじて闇とは別の平面を感じるくらいの微かな明かり。
時としてふわふわとそよ風にゆらぎ、嵐のような強風にはためき、突然止まる壁。
でも実際にそれが本当に壁なのかどうかなんて私は知らない。
黒くもないのかもしれない。

皆そう

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あなたの傍に

あなたの傍に

いつも、あなたに連れ回されてるけど、別に苦じゃないの。
どこまでも遠く連れていって欲しい。

突然休みになったからって気まぐれに行った近くの水族館は、天井から青白い光の線がいくつも落ちてきて、海の底から世界を見上げているみたいだった。平日の昼間って空いてるんだよね。ゆっくりできて良かったね。

オフィス街も嫌いじゃないよ。綺麗に舗装された道は歩きやすいし、ネオンが眩しい夜も好き。暗闇に映える強い光

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