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はりぼて

その先に何かがあるのかもしれないけど。

とにかく私は、周囲を黒いのっぺりとした壁に覆われて、ただ立ち尽くしているだけだった。
身長よりもはるかに高い、終わりなんて見えない壁。辛うじて闇とは別の平面を感じるくらいの微かな明かり。
時としてふわふわとそよ風にゆらぎ、嵐のような強風にはためき、突然止まる壁。
でも実際にそれが本当に壁なのかどうかなんて私は知らない。
黒くもないのかもしれない。

皆そう言うんです。
だからきっとそうなんです。

もしかしたらフェルトかもしれないし、断熱材みたいに分厚い固まりかもしれないし、容器にたゆたう黒い液体なのかもしれない。
とにかく黒い画用紙みたいに湾曲しているゆるやかなカーブが、触れられないぐらいの絶妙な距離でそっと鎮座している。

私は縛られてもいないし、ただ無駄に立ち尽くしているだけなので、一歩踏み出せばそれに触れることはできると思う。ただ、そうする勇気が出ない。分からないものに触れるのは怖い。

もしかしたら、触れた瞬間襲いかかってくるアメーバに変わるかもしれないし。もしかしたら触れるととんでもない痛みをもたらす毒の針が出てくるのかもしれない。

結果が分からないことをするなんてとんでもない。
とんでもない。泡を吹いて倒れてしまう。

でも、皆それを「はりぼて」だと言うのです。

本当にそれはただの壁なのでしょうか。壁でもないのでしょうか。あなたのまわりにあるものがそうだからといって、私のまわりにそびえ立つものが何故、同じものだと言えるのでしょうか。

もしそれが、本当に「はりぼて」だったとしても、きっと私は触れた瞬間死んでしまうのでしょう。

あなたの見ている景色と、私の見ている景色が違うのです。

ただ立っていることには飽きてしまったので、私は小さく足を抱き込んで冷たくも温かくもない地面に丸くなった。そんなことする必要はないのに。誰に怒られることもなく、お腹がすくこともなく、眠くなることもない空間。

とても静かな空間。

でも、何かが足りない気がするのです。何か違和感があるのです。何かが間違っている気がするのです。

視界を塞ぐ壁を、端から端まで、前から後ろから確認しようとした。呼吸が浅くなる。振り返ると勢いで、頬に髪が触れた気がした。

やはりこれは「はりぼて」なのでしょうか。

私が「はりぼて」なのでしょうか。

それとも皆が「はりぼて」なのでしょうか。


暗闇に私の息遣いだけが残った。


fin.



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